「大河ドラマ家康」の夏目吉信にはすっかり泣かされてしまった。
甲本雅裕さん、熱演だった。
三方原合戦で、家康の身代わりとなって憤死した夏目吉信。
かなり知られていた話だったとはいえ、ここまで夏目を主に描いたのは初めてだろう。
家康はいい家臣がたくさんいた。
しかしそんなに家康は良き殿だったのか、狸じじいではなかった???
何度目かの岡崎市本宿の法蔵寺へ。家康は幼いころ、この寺で学んだとも。
境内には東照宮が築かれている。
そして三方ヶ原合戦の戦死者の墓塔が並ぶ。侍大将クラスだろうか。
夏目吉信と鳥井(鳥居)四郎左衛門忠広の墓塔が表示されている。
忠広は弟の鳥居元忠とともに十六将に列せされるも、三方原で討ち死、ここに眠っている。
忠広とドラマで活躍した元忠は兄弟で、二人の父はイッセー尾形さんがドラマ中で可笑しくも哀しく演じた鳥居忠吉である。
▼左がイッセー尾形さん演じた鳥居忠吉、右は音尾琢真さん扮した鳥居元忠。
![](https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/01/08/jpeg/20230107s00041000358000p_view.webp)
鳥居忠𠮷は、いつの日か家康が岡崎城主として戻ってくる日のために、こっそり銭を毎年毎年少しずつ貯め込んでいたという逸話は、「にっくき狸爺!」だった家康伝の中でもいい話だった。
余談だが、三方原戦没の墓塔群をすぐ近くで静かに見守っているのが、あの近藤勇像、この寺に首塚がある。
夏目吉信を称える「夏目次郎左衛門吉信旌忠(せいちゅう)碑」が三方原古戦場の犀ヶ淵近くに立っている。
あの夏目漱石は、吉信の子孫と知ったときはびっくりした。
岡崎からの帰り道、これまた何度目かの長篠古戦場へ立ち寄った。
何度来てもなかなか広い古戦場の道を覚えられずモタモタする。
ここは家康本陣の地。
あぁ、鳥居強右衛門。
強右衛門が長篠城から豊川の流れに身を投じ、下流まで潜って上陸、岡崎へ走ったと伝えらる地へ。
ドラマで鳥居強右衛門にも泣かされた。
強右衛門は、長篠城主の奥平貞昌の家臣(足軽?)ゆえに家康にとっては陪臣だが、強右衛門の命をかけた長篠城からの援軍を乞うための脱出行は、今まで大河でもドラマ化されていて、今回もまた泣かされてしまった。
▼岡崎体育さんが熱演した強右衛門。長篠城に戻る途中、武田軍に捕われ磔死に。
![大河ドラマ「どうする家康」第21話。磔(はりつけ)にされる鳥居強右衛門(岡崎体育)(C)NHK](https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/06/04/jpeg/20230604s00041000636000p_view.webp)
長篠城内の、城兵たちが強右衛門の磔死を見たという地。
今回行くと、反対側の川岸の樹木が伐採され、鳥居強右衛門磔死の地碑あたりから、長篠城内まで見通せるようになっていた。
これはまたなんとも粋な計らい!
現地では鳥居強右衛門勝商は、神のごとくあがめられ「鳥居権現」と称されて、墓所のある新昌寺の門前に刻まれている。
墓所も大きく立派。後方は第二東名高速道路。
新昌寺近くのJR飯田線の駅名は「鳥居駅」である。
強右衛門の武勇伝はその後も長く賞賛され、子孫は幕府から重用された。
強右衛門勝商から十三代目の鳥居商次は、奥平松平家の家老へと栄進した。
さて次いで。
今回初めて古戦場にて大久保忠世・忠佐兄弟の陣所地を初めて訪ねた。
今までなかなか見つけられなかったのだ。
あの武田方・高坂昌澄(高坂弾正の嫡子)の墓所近く、後方の林中だった。
家康本陣とはかなり離れていた。
「長篠合戦図屏風」では、馬防柵の前面に出て武田の山県昌景隊に盛んに鉄砲を打ち込む大久保兄弟隊が描かれている。
「われら大久保一族がまずオトリになりまする」と、馬防柵の前に躍り出て武田勢を誘い込み、引いては押し押しては引くという粘り強い戦いぶりを発揮した。
これを見て信長は「貼り付いたら離れぬよき膏薬のごとき侍よ」と、大久保兄弟の武勇をほめちぎったという。
しかしどこから信長は大久保隊の動きを見たのだろう。
信長本陣からはかなり遠く見れないのでは? ま、それは置くとして。
忠世・忠佐兄弟も十六神将に列せられている。
忠世は、大河ドラマでは小手伸也さんが扮し何回か登場、忠世の名はおおいに知られ、存在感を示した。
余談だが大久保忠世が真田の上田城攻めの大将に名を連ねていたことから、7年ほど前、地元タウン紙に連載していた『信州往来もののふ列伝』で「大久保忠世伝」として取り上げ載せた。
その時、高校生に描いてもらったイケメンの大久保忠世のイメージ画がこれ。
忠世は二俣城主の時、家康嫡子の信康を預かったがついに信康を救えなかったことを悔いていたとも。
二俣城の信康廟参道傍らに、大久保忠世の墓がひっそりとあった。