※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
「何も悪いことはしていないから」
母は妹の頭を撫でながら、何度も同じ言葉を繰り返した。体育館前の花壇のベンチが埋まっていたので、私と妹は校庭のブランコに座り、母は私と妹の間にしゃがみ込んで妹に話し続けた。
おばあちゃんがこちらへ向かって歩いてくる姿が見えたので、私は、
「おばあちゃんや!」と言いながら、ブランコから離れて、おばあちゃんの方へ走り寄った。
「おばあちゃん!」
声を掛けると、おばあちゃんが、
「大丈夫なん?」と、妹を気遣ってくれた。
「まだ、泣いとうけど……」
「何も悪い事、してえへんのに、可哀そうにな」
私が黙って頷くと、おばあちゃんは大きな溜息をついた後、咳をした。
「風邪? 大丈夫なん?」
私が訊くと、
「冬やし、風邪くらい、ひくわ」と言い、おばあちゃんが笑った。
母が妹の身に起こった話をすると、おばあちゃんも妹の頭を撫でながら言った。
「何も悪いこと、してへんのにな」
そして、私と妹に小さな犬の縫いぐるみをジャンパーのポケットの中から、一つずつ差し出した。
「娘が小さい時、ようこれで遊んどった。空き缶に入れて片付けといたら、地震があったけど、無事やった」
「わぁ!」
私と妹が同時に声を上げた。
「良いんですか?」と訊いた母の前に、猫の縫いぐるみが差し出された。
「え?」と驚きの声を上げた母に、おばあちゃんが言った。
「また、誰かに取り上げられてしまうかもしれへんけど、それ迄でも、気持ちが明るうなってくれたらええから」
母が丁寧に頭を下げて、
「ありがとうございます」と言うと、おばあちゃんは笑顔で、
「どういたしまして」と言ってから、また空咳をしたのだった。