※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
母の寝顔を見て起きていた筈なのに、いつの間にか眠ってしまっていた様だった。
目を覚ますと、珈琲の良い香りがリビングへも漂ってきていた。すっかり夕方の明るさで、上体を起こすと、リビングの隅に四人分の布団が山積みにされていて、ソファでは、妹がよく眠ったままだった。
立ち上がってダイニングテーブルの方を見ると、難しい顔をした母が、オレンジ色の四つ葉の柄入りのマグカップで珈琲を飲んでいた。
「ママ」
「起きたのね」
「パパ、まだ?」
「そうなの。遅いわね」
私はいつもの自分の椅子ではなく、妹の椅子に座った。その方が母の正面に座れたからだった。
「おじいちゃんとおばあちゃん、大丈夫なんかな?」
そう言うと、難しい顔をしていた母の顔が一変して、笑顔を作った。
「きっと、お買い物へ行った近所の人達が言ってた通り、歩き難いだけよ。それに、おじいちゃんもおばあちゃんも、パパみたいに速くは歩けないから、きっと遅くなっているのよ」
***** 神戸に住んでいた頃、正しくは生まれてから、この時まで、母の笑顔は魔法だった。
病気をした時でも、ケガをした時、雷が鳴った時、台風が来た時、友達や妹と喧嘩した時、何かに失敗した時、いつでも母に笑顔で、『大丈夫!』『平気よ』『ママが居るから』という言葉を聞くたびに、苦しみ、痛み、恐怖、悲しみ、辛さ、悔しさが和らいだ。
でも、この後、母の笑顔が信じられなくなる様な出来事に襲われた。それでも、やっと母の笑顔を見てホッと安心できる様になった頃、再び、母の笑顔を信じられなくなる日が来てしまった。きっと、他の人達が迎える反抗期を私は早く迎えることになってしまったのだった。*****
「珈琲、飲む? あ、夜、眠れなくなるから紅茶かな?」
「珈琲が良い!」
母を真似て、笑顔で返事をすると、母も笑顔で返事をしてくれた。
「分かった」
そう言って、母が立ち上がり、薬缶にお水を入れて火にかけようとした時、五時四六分の本震以来、鳴かなかった御近所のシェパードが吠えた。
大きな余震が来ると思った母は、
「テーブルの下へ入って!」と叫んだ後、ソファで眠っていた妹の所へ駆け寄った。