※阪神・淡路大震災を源とする物語(フィクション)です
尚、ピンクのポンポンの時計は、今も去年の夏の代々木体育館で止まったままなので、登場人物が過去の出来事を考える時、1年の時差が生じますので、ご了承下さい。
急いで階段を下りてくる足音が聞こえていたせいか、リビングのドアを開くと、
「大丈夫か?」と父が心配そうに声を掛けてくれた。
「シェパード、普段、吠えへんのに、もう三回も吠えた……」
そう言うと、私はリビングに敷かれたファーの上に座り込んでしまった。妹はまだ泣いたままで、父にしがみついていたままだった。
「とりあえず、セーター[を]着て[から]、こっち、来い(おいで)」と、父が私に促した。
その後、お風呂上りの母は、父の両脇に娘二人が密着している光景を見て驚いた。
「どうしたの? 明日から学校なのに……」
「今日は、月が赤くて、上下に伸びた形しとったから、恐いらしい」
「そうなの?」
私が頷くと、
「月がいつもより赤いんは、僕もベランダで見てた」と父が、付け加えてくれた。母は思い当たった様な表情を顔に浮かべてから、
「だから、ココアを作っていた時に、くっついていた訳ね」と言い、妹の隣に座った。
「それに、シェパードがよう吠えて、お姉ちゃんも恐[く]なってるみたいやから、空き部屋に布団、敷いてくるわ。マットレス、和室か?」
「大丈夫、空き部屋のクローゼットへ移しておいたから」
「よっしゃ、行ってくるわ」
そう言うと、父は妹の身体を母の方へ向かせて、ソファを立ち上がり、リビングを出て行った。私は父が座っていたスペースに移り、母の身体に自分の身体を密着させた。
母に身体を密着させると、いつもの様に乳液の良い香りがして、落ち着いた。
「二人共、今夜は怖かったのね……」
そう言うと、母は頭を撫でてくれた。そして、はっきりと言った、
「強いパパで良かったわね」と。
「強い?」
意味が理解できなかっので、顔を上げて母を見ると、母が優しい笑顔を浮かべて言った。
「そうよ、それにパパは強いから、すっごく優しいの。もしも、恐い!って言っても、知らん顔されたり、パパも一緒に恐がったら、どうする?」
「イヤや!」
「だから、強いパパなの」
「ふーん」
ちゃんと意味が理解できなかった私は何となく返事をしたけれど、妹が言った。
「ええ(良い)パパって、ことなん?」
母はちゃんと妹の顔を見て言った。
「そうよ」
それから母は、私達の肩を抱き寄せて、母娘三人の額を合わせてくれた。
***** 普段なら、父が出張で居ない時や、帰りが遅い日の寝る前に、母はよくこうして、私達を抱き寄せては、
「パパが居ないけど、ママが居るから、大丈夫だからね」と言って、安心させてくれた。でも、震災後に思ったことは、父が居ない時に、母が私達の存在を確かめたかったのではないか?ということだった。
私は確かに父さんっ子だったけれど、妹はお母さんっ子で、普段から、家では母にくっいて歩くことが多かったし、今もそれは変わっていないと思う。勿論、成長と共に母と密着している時間は減ったけれど、今も可能な限り、母の傍に居ようとするところは、神戸の家で暮らしていた頃と同じだった。*****
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