戸板康二が書いた推理小説を読みました。この本は、以前、単行本でも読んでいますが、知り合いに新しく出た文庫本をもらったので、再読です。

 最初に字体について触れておきます。どうも初版の単行本でも「團」の字を使っているようですが、それは内容が、この漢字表記に関連するからだと思います。原則は、前に書いた「団蔵入水」と同じで、「団十郎」は特別ということではありません。「団十郎と團十郎の字体」についての記事もご参照ください。

 架空の歌舞伎俳優である中村雅楽と新聞記者の竹野とが、歌舞伎や芸界に関係する事件のなぞをとくという短編18編が収録されています。タイトルの作品は幕末の人気俳優8代目団十郎が切腹した事件を、現代の中村雅楽が解決するという内容です。中村雅楽のシリーズは、昔、17代目中村勘三郎(18代目勘三郎=勘九郎の父親です)によってドラマ化されたことがあります。雅楽の設定は、17代目勘三郎よりも静かで知的という感じがします。住んでいる場所の設定が千駄ヶ谷なので、5代目歌右衛門という大名題を設定しているようです。

 江戸川乱歩が認めた作品であり、あとがきは江戸川乱歩が書いています。暗い印象があり、人の嫉妬によるちょっとしたいたずらや、ちょっとしたボタンの掛け違いによって命を落としてしまう事件が連ねられています。人が自尊心を傷つけられたときに、どういうことが起きるのかということに恐ろしさを感じました。

 18編の初出は、1958年から1960年までで、ことばづかいはやや古い時代の歌舞伎通の人たち、あるいは俳優たちのことばとしておもしろいと思いました。「親方」ということばが生きていたり、地方まわりの俳優が残っていたり、まだ歌舞伎が広く根付いていた時代と言えると思います。

 このシリーズはあと4冊あります。ことばの勉強のためにも読んでおこうと思います。