若手のアナウンサーが「重用」を「ジューヨー」と読んだことに対して、先輩アナウンサーが「チョーヨー」の間違いであることを指摘したという記事を少し前に読みました。その記事には続きがあり、最新の考え方ではジューヨーが「正しい」ことがわかり、番組のおわりに先輩アナウンサーが「私の誤解でした。ジューヨーが「正しい」とのことです。最新の情報を調べなければいけません。ごめんなさい」というような内容で謝ったということです。
結論から先に言うと、「ジューヨー」「チョーヨー」ともに「正しい」のです。どちらも誤りではありません。このアナウンサーが言う、あるいは、この内容を伝える記事の書いている「正しい」というのが非常に気になります。漢字の読み方の多くはクイズ番組の答えのように「●●の漢字の読み方の正解は?」と言えるものではありません。
特に漢語の場合、2とおり以上の読み方があり、どちらも間違いと言えない場合が多くあります。「重用」はその例のひとつです。
少し「重」から離れますが、漢字の音読みには、その読み方が日本に入ってきた時代によって3つの読み方があります。「呉音」「漢音」それに「慣用音」です(このほかに、唐音、宋音というのもありますが、あまり多くはありません)。現代の日本人にとって、その漢字を見てまっさきに浮かぶ音読みは漢音が多いようです。呉音は、漢音以前に日本に入ってきた漢字の読み方で、仏教用語などの専門語に使われていますし、慣用音は、専門的な場面で慣用的に使われるようになった読み方に見られます(例:「施術」を「せじゅつ」と読む「せ」は慣用音です。伝統的には「しじゅつ」)。「東京」は「トーキョー」と読みますが、「京」の漢音は「ケー」であり、「キョー」は呉音です。明治初期には漢音の「トーケー」と読まれることが多くありましたが、明治中期以降は「トーキョー」と読まれるようになりました。漢字を見てまっさきに浮かぶのは漢音が多いと言いましたが、「東京」の例でわかるように実際には例外も多く、漢音で読んでおけば問題ないというわけではありません。
「東京」のように読み方がはっきりと「トーキョー」で固定したものもありますが、「美男子」は「びなんし」「びだんし」両方の読み方がされます。「なん」は呉音、「だん」が漢音です。漢字のいくつもある音読みが同じ語について生きて使われ、ゆれが起きる場合があるということです。
さて、「重」を漢和辞典で引くといくつもの読み方がつけられています。「おもい」「かさねる」「かさなる」「え」これは訓読みです。このほか、「じゅう」と「ちょう」とも読みます。これは音読みです。
この音読みのうち、「チョー」が漢音、「ジュー」が呉音です。「重○」の2字漢語では「重要」のように「ジュー」で読まれるものと、「重複」のように、どちらの読み方もあるものの「チョー」と読まれる慣用の強いものとがあり、語ごとの判断が必要です。
国語辞典の掲載では「重要」は「ジューヨー」のみですが、「重複」は「チョーフク」を主な見出しとして「ジューフク」の読み方も示しています。反対に「重用」は「ジューヨー」を主な見出しとして「チョーフク」の読み方を示すというものが多いようです。NHKでは、辞書の掲載や調査の結果から「①チョーフク②ジューフク」「①ジューヨー②チョーヨー」としています。「ジューヨー」では、「重要」と読みが重なるため、避けようとする意識があり、「チョーヨー」が「正しい」と判断してしまう傾向もあるのでしょう。
最初の記事に戻ります。
ここまでまとめたことからわかるように、記事にあるような場面で、アナウンサーが視聴者に言えることは、「「チョーヨー」と直してお伝えしましたが、「ジューヨー」という読み方も誤りではありませんでした」ということでしょう。
もうひとこと言えるとすれば、「私はチョーヨーで覚えていましたが、ジューヨーが伝統的な読み方と考える辞書もあり、放送では「ジューヨー」を優先させることにしています」ということでしょうか。
ところで、ここまで例をあげたのは漢語の場合(2文字以上の漢字の並びで、音読みをするもの)です。和語(漢字の訓読み)の場合はどうでしょう。「甘酒」ということばは、辞書では「あまざけ」と読みます。これが一般的な読み方だと思います。一方で、商品名では「あまさけ」と読みがなをつけているものもあります。八海山の甘酒はまぜものがないので「あまさけ」としているという説明がHPにあります。実際に八海山の広報に聞いたところ、表記上では「あまさけ」としているが、発音は「あまざけ」で問題はありません。まぜものがないということを商品名でわかってもらうために、ほかと区別をしているだけです。という答えでした。一方で、「あまさけ」と読むように言う会社もあるようです。こう考えると「甘酒」の読み方については、次のように言えます。
「あまざけ」が伝統的であり、本来の読み方。「あまさけ」は場合によって、その読み方に意味を持たせようとした場合に出てくる読み方である。
「あまざけ」「あまさけ」ともに「間違っている」とは言えない。
個人的な考えを言えば、「○あまざけ ×あまさけ」です。「あまさけ」という読みに意味を持たせるのは、宣伝のためのあとづけですし、へりくつとしか思えないからです。和語の場合は、やはり伝統的な読み方がひとつあり、それを知らない人が新しい読み方をした場合、それは誤りと考えたほうが素直だと思います。
「あまざけ」か「あまさけ」かという問題を「連濁の問題」と言います。一語としてなじむと前の部分と合わさって連濁しやすくなります。また、東京のことばでは比較的連濁しやすく、関西では、連濁しにくいとも言われます。私の両親は東京生まれの東京育ちですが、連濁化が激しく、お相撲さんの「高見盛」を「たかみざかり」と読む癖がありました。