少し事情があって、戸板康二の本を集中的に読んでいます。歌舞伎好きになって、しばらくたって、父に買い与えられていたものもあるので、それを掘り出したり、古本で集めたりしています。

 表題になっている『団蔵入水』のほか2編の歌舞伎についての随筆と、6作の歴史小説で構成されています。『団蔵入水』は、1966年に瀬戸内海で入水自殺をした8代目市川団蔵について書いたものです。8代目団蔵については、父から聞いたことがありますが、引退興行をした直後にお遍路に出て、そのまま入水自殺をしたという話を聞いただけです。調べてみると、吉右衛門劇団の脇の人、老け役であり、俳優としては目立たない人という評価しかありません。父親である7代目団蔵の伝記を書いたことが、最大の功績とする評価も見られます。7代目団蔵は旅回りを中心とした俳優ですが、9代目団十郎、5代目菊五郎を中心として明治時代の歌舞伎界において、その2人に一目置かれた人として知られます。「渋団」といえばこの7代目のことです。

 さて、8代目団蔵は、偉大な父を尊敬したために、自分の歌舞伎俳優としての才能のなさに、早い段階であきらめていたようです。そして、いつかは歌舞伎界から身を引きたいと考えていたのでしょう。結局84歳になり、引退をし、そのまま死を選びました。この団蔵の死については網野菊も『一期一会』という随筆で書いています。『一期一会』も読みましたが、8代目団蔵が団蔵という名前を大切にしていたことに驚きます。戦後になって松竹にとって襲名興行が大きな収入を得られるイベントになり、軽く襲名が行われるようになりました。団蔵はそうした流れに抵抗しようとした最後の世代の人なのかもしれません。

 8代目団蔵が残した「7代目団蔵」の芸談もこれから読もうと思います。

 前の記事に関連しますが、本のタイトルは「団」の字を使用しています。もともと1966年に雑誌に投稿されたものであり、当時は今以上に常用漢字表の字体が守られていたということでしょう。

 そのほか、戦後の食糧事情のいざこざで男衆に惨殺された12代目仁左衛門について書いた『殺された仁左衛門』もおもしろく読みました。

 戸板康二の歴史小説は、宮部みゆきに近いのでしょうか。神秘的な話が6作。一気に読みました。