27年前も「高校生」、現在も「高校生」です!! | 福岡の団塊ジュニア世代進路アドバイザー特定社労士・山本幸司のブログ

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生粋の福岡県人である「特定社労士」こと特定社会保険労務士によるブログです。

福岡県立山田高校、

かつて石炭産業で栄えた福岡県筑豊地区の山田市、あっ、最終年度のみ同・嘉麻市に所在した公立高校であり、

地元では「山高(やまこう)」と呼ばれ親しまれていました。


皆様方お解りの通り、「かつて〜所在した」ということは現存しない、ということを意味するわけですが、

同窓会に関しては閉校した現在でも盛大に開催されています!!


特に今年度2023(令和5)年度の場合は2019(令和元)年度以来4年振りの開催とあって喜びもひとしおでしょう。

ご存知の通り、4年振りの同窓会となった理由は新型コロナウイルス禍の影響に他なりません。


4年振りの同窓会、

2012(平成24)年度から毎年度に渡り山高同窓会主催の新聞広告へ広告費を協賛している僕にとっても嬉しく思います。
 
広告費、4年振りに納付しましたよ。



実は僕、高校を卒業していません…。

その僕が何故に高校の同窓会広告に広告費を協賛しているのでしょうか?


今から27年も前となる1996(平成8)年の9月26日(木曜日)、

僕は山高が毎年度の秋から年末にかけて実施していた社会人向けの公開講座

「学校開放講座」
 
に於けるイチ受講生として福岡県立山田高校へ「入学」しました。


公開講座は山高に在職していた英語教員の方々と当時の山田市から派遣されたALT(外国語補助教員)の外国人の方から基礎的な英会話を学ぶ、といった内容でしたが

先生方やALTさん、受講生の皆様方から大変親切にして頂き、

高校の母校が存在しない僕にとって山高はまさに「母校」そのもの、


何時の日か恩返しが出来ることを夢見ていました。

尤も、同窓会広告への広告費協賛が恩返しに該当するか否かは関係者の方々の判断に任せるしかありませんが、僕なりの精一杯な思いです。


僕が山田高校へ「入学」した同じ日、つまり1996(平成8)年の9月26日(木曜日)、

東京都千代田区霞ヶ関の国道1号沿いに所在する


当時の文部省から



同じく千代田区の丸の内に所在する赤レンガで有名なJR東京駅の「在来線口」こと丸の内口、ではなく


その向かいに位置する


東京中央郵便局を介し


山田市のお隣、当時の福岡県嘉穂郡稲築(いなつき)町に所在していた僕の自宅宛に1通の定形外郵便物が長い旅へ…、

その郵便物は2日後の9月28日(土曜日)に何事もなく「目的地」へ到着します。


中身は長きに渡り自身の夢だった「高卒認定」こと高校卒業程度認定試験の前身である「大検」大学入学資格検定の合格証書、


山高に「入学」した時点では知る由もありませんでした。


その東京中央郵便局も2013(平成25)年の春に『JPタワー東京』を併設した上で生まれ変わり


この春で10周年を迎えました。




一方、山田高校はと言いますと2016(平成18)年度、正確に言いますと2017(平成19)年3月31日(土曜日)を以て閉校、

2021(令和3)年の夏から翌2022(令和4)年の春にかけて校舎が解体され更地となりましたが、


しっかりとした警備体制のお陰で長い「空き校舎」時代も建物が荒らされること無く


多くの記念碑や


山高の支援団体だった財団法人古峰(こほう)会によって運営されていた「修明館」は現在も生き残っています。



ふと気付くと国道322号沿いの山高跡地周辺にはコスモスの花が…、


あの日からもう27年もの月日が経ったのですね。


現在、僕は福岡市博多区の福岡県立博多青松(せいしょう)高校・単位制通信制課程普通科の入学年次生、
  
一般的な学年制の学校で言えば「1年生」として日々学業と自身の仕事との両立を図っています。



校則は自由ながらも自己管理を怠れば卒業が遠のくのが通信制課程、

時間はかかるでしょうが、山田高校に続く「母校」となるよう日々精進致します!!





私は福岡県在住の「特定社労士」こと特定社会保険労務士です。


私は2012(平成24)年の11月から4年間に渡り

「合格基準が透明な社労士試験」

「受験生の努力が報われる社労士試験」

の実現を目指して日々奔走されていたtktk様の活動を誇りに思っております!!