「高次脳機能障害」ってナニ?

「高次脳機能障害」ってナニ?

交通事故に合い、後遺障害は「高次脳機能障害」になりました。
記憶と抑制に障害があります。

どこまでが障害なのか?

日々、苦脳しています。
そんな自分の想いを綴りたいと思います。

同じ苦しみを持つ人の支えになれたら、そんな風に思っています。

2019年4月に社用車で交通事故を起こしました。

自分は、右折の軽自動車。
相手は、直進の10トントラック。

軽自動車の助手席から衝突したため・・・・・、



このような状態に。

4か月入院して、営業として職場復帰。
社内の新規営業キャンペーンで全社1位にもなりましたが、後遺障害等級が決まり最低賃金の単純作業に。

その後、障害が受容できず、クローズ就労に挑戦しました。

重めな記事になりますが、日常を綴ります。


書いている記事と、タイムラグがあり、約1年くらい前の出来事をブログにしています。

高次脳機能障害のなかでも、記憶に障害があります。
同じようなことを書いてしまうときもあると思いますが、ご容赦いただけると幸いです。

就労支援員の言葉どおり、ハローワークの担当に話を聴くことにした。

 

そう決めたら、早い方がいい。

 

次の日の訓練、早退届けを提出。

午前中は訓練して、午後は地元のハローワークへ、この求人について担当者の意見を聴きにいくことにした。

 

プログラムを終え、ある程度、障害状況を理解できた、今。

最優先するべきは、就職活動だ。

 

地元のハローワーク障がい者雇用の担当者は、同年代の女性であった。

気軽に、喋ることができ、相談にも、よく乗ってもらっていた。

 

失業給付のときに必ず面談があったため、リハセンの愚痴なんかも聴いてくれた。

 

彼女は、自分の立場でストレートに意見を言ってくれることが、ありがたかった。

 

僕が、間違っていたら教えてくれる。

リハセンに違和感があれば「私は、こう思う」と意見をくれた。

 

ときに、リハセンの判断に不満が残ったりすると、彼女の意見を聴いてみたくなるのだ。

 

今回の超大手求人、彼女の反応が、どうなのか?

きっと、応募してもいいんじゃないですか、と言ってくれるものだと思っていた。

 

ハローワークの担当者の意見を聴いてみてください、と。

私は、お勧めできませんと続いた。

 

まじかっ!?

なんで???

 

このときは、まだ求人票に対して甘い見方しかできていなかったかもしれない。

 

いや、違うな。

地元の超大手企業だけに、注目していたのであろう。

 

つまり、周りが見えていない。

そんな気がする。

 

支援曰く、一番大きな理由は、障害に対しての配慮が期待できないということであった。

 

これが、また、難しいのだが、クローズで働いていたことがあるだけに、配慮なんてなくても大丈夫という変な自信があるのであった。

 

この「障害の配慮」ってのが、本当に難しい。

会社にも人にも、大きく左右される気がする。

 

今、現在、障がい者雇用で働いているが、あまり「障害の配慮」を実感することはない。

それでも、上司は、配慮しているつもりなんだという。

 

「障害の配慮」って、誰の基準?

そして、受ける側としては、その人の人間性が透けて見える気がするのだ。

 

役職や立場なんて、関係なく、優しい人は優しい。

人のことをまったく考えない人もいる。

 

そんななかで、働く難しさは、確かにある。

この当時は、まったく見えていなかった、。

まずは、就労支援員だ。

彼が了承しないと、応募すらできない。

 

どうしても、応募したい、この求人。

彼は、今回、なんて言うだろうか?

 

最初の頃は、この求人は止めた方がいいと強く言われることが多かった。

 

次第に、就労支援員は、指導員やハローワークの担当の意見を聴いてくださいというようになった。

 

これは、どういう求人が、僕に向かないのかを分からせるためであろう。

その意図は、当時から理解していたような気がする。

 

彼が駄目な基準は、ぼんやりとは理解できるようになっていた。

しかし、それでも、この超大手企業求人は、ぜひとも受けたい。

 

地元の企業でもあるし、かなりの大企業。

就労支援員からの抵抗を受けても、跳ね返してやるう!

 

強い気持ちでいたのだが・・・。

 

まず、就労支援員に求人票を渡し、確認してもらう。

 

すると・・・。

彼は言った。

楽しみな金曜日、午後がやってきた。

この日も、訓練室のPCを使って「名古屋市」と「地元」を検索することにした。

 

当然、「名古屋市」の求人は多い。

しかも、誰もが聴いたことがある企業も、たまに出ていた。

 

ただ、だいたい年齢制限で無理だった。

当初は、障害雇用は、一般雇用ほどに年齢の制限はないと聴いていた。

 

けれど、そのうち、ある程度、制限がかかることが多いのを知った。

だいたい35歳までが多い。

 

もう、年齢的に入っていないのは、どうしようもない。

 

さて、今回は・・・・。

地元の超大手企業が求人を出していたっ。

 

まじかっ!?

しかも、年齢の制限はないっ。

 

もしも、こんな超大手企業に障がい者雇用でも採用されれば、妻の態度は軟化するのではないか?

無職になって、訓練した意味は大きいのではないか?

 

自分のなかで、気持ちが、どんどんと加速していく。

何が何でも、受かってやるう~。

 

気合は、充分なのであった。

 

訓練の時間のなかで、就職活動の時間がやってきた。

 

・・・・・。

この話、前に書いたのかは憶えていないので、重なっていたら、ごめんなさい。

 

ブログくらいは、肩のチカラを抜きたいので、ご容赦いただきたい。

 

リハセンの訓練のなかで、毎週、金曜日の午後、就職活動をすることになった。

といっても、主には、ネットで、ハローワークの障がい者雇用を検索するのだけれど。

 

当初は、ハロワへ行かないと求人は探すことが出来ないと思っていた。

それが、簡単にスマホで「障がい者雇用」を検索できるなんて。

 

なんて、ありがたい。

しかも、訓練中にパソコンを使ってじっくり求人を見ることができる。

 

気になった求人は、出力だってできてしまうw

 

金曜日の午後が何よりも楽しみになっていた。

何が何でもハロワの求人のなかで、自分に合った企業を見付けて、一日でも早く社会復帰したかった。

 

時間とともに焦る気持ちは、募っていた。

 

無職から、早く卒業したい。

そして、妻の不安を失くして、もとの状態に戻りたい。

 

強く思っていた。