「高次脳機能障害」ってナニ?

「高次脳機能障害」ってナニ?

交通事故に合い、後遺障害は「高次脳機能障害」になりました。
記憶と抑制に障害があります。

どこまでが障害なのか?

日々、苦脳しています。
そんな自分の想いを綴りたいと思います。

同じ苦しみを持つ人の支えになれたら、そんな風に思っています。

2019年4月に社用車で交通事故を起こしました。

自分は、右折の軽自動車。
相手は、直進の10トントラック。

軽自動車の助手席から衝突したため・・・・・、



このような状態に。

4か月入院して、営業として職場復帰。
社内の新規営業キャンペーンで全社1位にもなりましたが、後遺障害等級が決まり最低賃金の単純作業に。

その後、障害が受容できず、クローズ就労に挑戦しました。

重めな記事になりますが、日常を綴ります。


書いている記事と、タイムラグがあり、約1年くらい前の出来事をブログにしています。

現在は、就労訓練中です。

高次脳機能障害のなかでも、記憶に障害があります。
同じようなことを書いてしまうときもあると思いますが、ご容赦いただけると幸いです。

月曜日の朝がやってきた。

 

リハセンでの就労訓練、再開日なのだ。

自分でも、妙に力が入っているのが分かる。

 

「ここからは、一気に就職を決めてやる」。

 

強く願っていた。

心の中では、前がかっていたのは間違いない。

 

これも障害なのだろうか?

なんでもかんでも、障害なのか疑いたくなるんだよねえ~。

 

こういうのが、なんとも辛い。

ま、あんまり意味のない問いだと、理解しつつあるけれども疑ってしまうのも事実。

 

いつもどおりに、駅まで自転車で出勤する。

痛みはないわけではないが、そこまで強くもなくリハセンへ到着することができた。

 

ロッカー室では、いつものメンバー。

離れていたのは1週間ほどなのだが、変わったことがないか確認してしまう。

 

何も変化はなさそうだ。

 

迎えてくれたスタッフの皆様に、しばらく欠席したことをお詫びする。

「大丈夫なの?」と聴かれた。

 

「とりあえず、日常生活は大丈夫です」と答えた。

ただ、痛みに関して懸念がなかったわけではなかった。

自宅に到着して、日常が戻ってきたという気がする。

やはり、病院では、なんとも休まらない。

 

やっと、胆のう手術が終わった。

この土日は、ゆっくり静養しよう。

 

一番、やらなくてはいけないのは体力の回復なのだ。

 

自宅に帰ってきても、とくに子供からの反応もない。

 

ま、独りボッチ感は強いが。

これが、意外と平気なのかもしれない。

 

この頃からだが、僕はひとりになるのがあまり苦ではないタイプなのかもしれない、と気が付いた。

 

慣れもあるのだろうけれど。

独りでいると、寂しいよりも楽だなあと心底、思ってしまうのだ。

 

誰にも気を遣わず、ま、それはそれでしょう、なんて考えてしまっている。

 

独りがダメな人もいるだろう。

きっと平気なタイプなんだろうな。

 

それが、良いこととは思わないけれど。

今の自分の状況には、そのほうがいいかもしれない。

 

他人のことは一切気にせず、自分だけを信じて進む。

 

早く訓練が始まれ!

そして、早く就職する。

 

そんなことを考えて、土日が終わった。

翌朝、退院日となった。

 

妻が迎えにきてくれた。

最悪、来ないこともあるかもと考えていたから、これには安心した。

 

ただ、相変わらず、そっけない。

 

支払いまで、一緒に行くが話しかけられることはない。

 

この頃から、妻の態度を変えるのは就職するしかないのだろな、という気がしていた。

就労訓練に反対したのを押し切ったのだから。

 

ま、仕方ない。

リハセンで就労訓練に戻れば、就職は決まるでしょう!

 

なんて、思っていたのが、大誤算なのだが。

このときは、すぐ就職できることを疑っていなかった。

 

支払いが終わって、車までいくのが・・・。

やはり、腹部に強い痛みが残る。

妻から、次第に遅れていく。

 

妻が不機嫌そうに「痛むの?」と聞いてはくれた。

「ちょっとね」と答えるのが精いっぱい。

 

幸い土日は自宅で、ゆっくり出来る。

2日もあれば、回復できるはず。

 

月曜日からの就労には、絶対、通いたい。

そして、早く就職を決めて、妻の態度を以前の状態に戻したい。

 

このときは、必死だった。

最近、読んだ本に、自ら選択した道を進んできたひとは幸福感が高いらしいと知った。

仕方がなく他人が決めた道に進むのは、ストレスとも書いてあった。

 

まさしく、「自分」と「妻」だと感じた。

 

妻に相談したこともあったが、もともと、はっきりと意思表示をしないひとなのだ。

これは、彼女の性格も大きいと思う。

 

あと、僕が妻のいうことを聴かないというのも大きいのだろう。

 

僕は、はっきりと言って欲しかったのだが、彼女が言わなかったので、それから自分で決めてきてしまった。

 

今さら言いわけなのかもしれないけれど。

 

選択した道は間違っていたのかもしれない。

けれども、僕自身は、この道に不満があるわけではない。

 

なんとも難しいな。

けれど、いい夫でないことは間違いないのかもしれない。

 

妻を幸せに出来ていないのだから。

けれども、自分を抑えることもできない。

 

僕は、結局、自分勝手な人なのかもしれない。

就労訓練が終わった30分後を見計らって、電話を入れる。

就労担当を呼び出すが、不在であった。

 

手術が無事終わり、金曜日に退院するので、来週の月曜日から伺えると担当に伝えてもらうことで電話を切った。

 

病室に戻り、しばらくすると、スマホが震えた。

妻から「はい」と短い返事。

 

どうやら、迎えに来てくれるらしい。

少し、ホッとする。

 

振りかえると分かるのだが、僕は妻の態度を普通に戻したいのだろう。

今、時点で変化はないけれども。

 

今は、なんとなく分かる気がするのだ。

僕が、勝手に舵を切って進めていたからだと。

 

普通の家族持ちなら、進みたい方向があるなら家族を最優先した選択をするのではないだろうか?

僕の場合、自分の選択を最優先してきた。

 

それが、妻には許せないのだろう。

車の運転が粗いから気を付けろと言っても、僕の過失で事故に合う。

 

その結果、障がい者になる。

復帰した会社で、総務で働けば良かったのに、クローズに挑戦する。

 

何も家族のことを考えていないってなるのだろう。

 

僕は僕で、事故の賠償金があるから、お金は大丈夫と決めつけ、障害を受容できず、突き進んできた。

 

これでは、信頼を失っても仕方がないのかもしれない。

けれど、自分で選択してきた道に後悔はしていないのだ。

 

自ら、選んできたから。

これが、妥協した道だったら、どうなるのだろう。