働くということ・22 黒川憲二さん 和子さん | くるまの達人

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とか、タイトルで謳いながら、実はただの日記だったりするけど、いいですか?

「かもめ」2005年12月号掲載
※内容は、すべて取材時のものです



オレ、この仕事15んときくらいからだからさ。
親父の手伝いで屋台を引いてた頃まで考えると、
小学5年生くらいからになるかな。

お店の方はお袋と姉さんがやってたんだけど、
その頃ここは、
待ってるだけでお客が来るようなところじゃ
なかったわけ。
だから親父と屋台引いてたの。

戦前は蕎麦屋だったんだけど
空襲で全部燃えちゃって、
蕎麦打つ機械やなんか、みんななくちゃった。
疎開先から戻ってきて、
とにかく簡単にできることでいいから
始めようってことになったんだね。
定食屋なら鍋2つでできるじゃない。
越後屋って屋号はもう70年ずっと一緒。
蕎麦屋の頃からの屋号だよね。

なぁ、あれはいくつだっけ。
オレが27のときかな。


「おそばを配達してたおじさんが、
 引き合わせてくれたの。
 私が働いてたレストランに
 配達してたおじさんが、
 いい人いるからって。
 
 駅前のラーメン屋で12月に会って、
 4月には結婚したのよ。
 もう38年。
 夜の12時までお店やって、
 片づけが終わると1時でしょ。
 そうやって365日、お休みも一緒。
 でも一緒になったら一心同体なのね。
 私店員さんなの。
 お父さんコックさん。
 どっちが欠けてもいけないでしょ。
 ここはね、
 おもしろいように儲かるお店じゃないの。
 料理の値段を見てもわかるように、ね」


バカやんなきゃ、やっていけるところなのよ。
でもね、
高くしてお客さんがポロポロしか来ないよか、
大勢来た方がおもしろいじゃん。


「楽しいわよね。仕事、楽しい。
 いいじゃない、いろんな人と口きけて。
 みんなと色々な話をして。
 あのね、私たちふたりとも貧しかったのね。
 だからとにかく働くしかなかった。
 だからなのかどうか分からないけど、
 今がとても幸せって感じるの」


今は何も思わないもんね。


「今の人たちと、お金に対する価値観が
 少し違うのかも知れないわね。
 うちの娘たちもハワイに行って、
 ふたりで60万円くらいの
 買い物して帰ってくるのね。
 今の子たちにとっては
 それが楽しいのよね、きっと。
 それはそれでいいんじゃないの。
 
 ただ私たちにしたら、そうじゃないの。
 今日は北海道からじゃがいも送って
 もらったから、肉じゃが作って
 独身のお客さんが来たら
 出してあげましょうとか。
 喜んでくれるじゃない。
 それがすごく嬉しいの。
 後で恩返しするねって言われると、
 私なんでもしてあげたくなっちゃう。
 
 私、ここへお嫁に来てよかったと思う。
 昔はお父さん パンチパーマで、
 娘にも何でお父さんと一緒になったの
 なんて言われるけど、それでいいの。
 何かあったときは
 ごめんね、ありがとうって言うのよ。
 それは頭の中、心の中で生まれてきて、
 もう口癖になっちゃってるのね。
 でも、それって大切でしょ」


お金じゃないんだよね。
そりゃ欲しいけど、
そんなにあっても使えるもんじゃないしさ。
お金に愛着あんまり感じないね。
それよか、好きなことが出来ているって
ことのほうが、ずっと大切だよ。

今の子には目標がないもん。
夢がないんだもん。
ただ金持ちになればいいってだけでしょ。
それじゃ楽しくないよ。
ここにいるからオレがあるわけじゃん
っていう実感のほうが、
ずっと大切なわけ。


「お客さんに、お父さんいなくても
 お母さんが料理作れば
 いいんじゃないのって言われるの。
 私でいいの? って聞くと、
 いいよって。
 
 でもね、私オムレツは作れない。
 あの半熟のトロっとしたのは
 お父さんじゃないと作れないの」
 


食事処 越後屋
黒川憲二さん 和子さん


Interview, Writing: 山口宗久



※記事掲載への思いについて。



山口宗久(YAMAGUCHI-MUNEHISA.COM)
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