夜、私は無人駅でベンチに座っていた。列車がまだ当分は到着しないはずなので私はぼんやりとした気持ちで夜空を見上げていた。晴れているので月や星がよく見えていた。
ふと、視界の端に何かがいると気付いたので私はそちらに目線を向けた。すると、一匹の猿が近くに座っていた。この駅は山から遠くない場所にあるのだが、それでも猿を見掛けた経験はなかったので私は当惑した。素早く周りを見回したが、他に猿はいなかった。それに、私以外の人間もいなかった。
野生の猿だろうかと思いながら観察していると猿がこちらに視線を向けてきたので私達は目が合った。猿の目付きが険しいので私は思わず視線を逸らせた。そういえば、野生の猿は目が合った相手を襲う習性があるという話を聞いた記憶があった。だから、私はできるだけ猿の方を見ないようにしなければならないと考えた。
しかし、列車はなかなか到着しそうになかった。私は何度も腕時計の表示を確認していた。そして、ちらちらと猿の動向を窺っていたが、その度に目が合うので息が詰まるようだと感じていた。猿は同じ場所に座ったまま身動きしていなかった。目付きはずっと険しかった。私は居たたまれなくなっていた。
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