一つしか身体がなかった | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 「今日、古文の授業で『通学』という単語を習ったよ。昔の人間は一つしかない身体で自宅と学校の間を行き来していたのでしょう?」と食事中に息子が訊いてきた。

 私は会社で待機している身体の現状が気になったので意識の視野部分だけを転送して確認していたところだった。職場を歩いている部下の姿が見えていた。終業時刻はとっくに過ぎているので何をしているのだろうかと気になったが、息子の発言が聞こえてきたので私は意識をすべて自宅の身体に戻してから「ああ。そうだったらしいね」と返事をした。

 「一つしか身体がないなんて不便だよね。昔の人々は退屈しなかったのかな?旅をしているなら知らない景色ばかりが目に入ってきて新鮮な気分になれるかもしれないけど、昔の人々は毎日同じ道を往復していたのでしょう?すぐに飽きそうだよね」と息子は言った。

 「昔の人々は今よりも色々な物事が不確実な社会に生きていたから慣れた道を往復するという行為によって得られる安心感にむしろ心地良さを覚えていたのかもしれないよ」と私は言った。部下の動向が気になっていたのだが、息子との会話に集中していたいという気持ちもあった。もしかすると未来では身体だけではなく、意識も一つではない社会になっているかもれないと私は考えた。


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