「目が醒めると人々はハイタッチで挨拶し合うようになっているよ」と夢の中で誰かが予言をした。
時計がけたたましい音を鳴らしたので私はいつもと同じ時刻に起床した。夢の内容はほとんど記憶になかったのだが、予言だけはしっかりと憶えていた。
身支度を終えて自宅から出立すると私はバスの停留所を目指した。屋外はよく晴れていた。前方から歩いてくる若い男が片手を上げていると気が付いた。まさか予言が真実になっているとは思っていなかったので私はその姿を見て当惑した。ハイタッチを求められているようだと察したが、見ず知らずの他人を相手に馴れ馴れしい態度を取りたくなかったので私は咄嗟に視線を伏せて気が付かない振りをした。
すると、擦れ違ってから男が舌打ちをした音が聞こえてきたので私は萎縮した。礼儀知らずの人間だと蔑まれたようなので胸が痛んだ。ハイタッチをしておけば良かったと後悔した。
バス停には幾つかの人影があった。近付くと彼等が片手を上げたので私は怖々とハイタッチに応じた。しかし、彼等の表情は緩まなかったし、視線さえ交錯しなかった。一通りハイタッチが終わった後はいつものように黙ったままバスを待った。そして、私達はまた他人がバス停に来る度に無言でハイタッチを繰り返した。
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