「目が醒めると君は林檎を崇拝しているよ」と夢の中で誰かが予言をした。
時計がけたたましい音を鳴らしたので私はいつもと同じ時刻に起床した。夢の内容はほとんど記憶になかったのだが、予言だけはしっかりと憶えていた。そして、林檎を讃えなければならないと感じた。私はその信仰心をどのように表現するべきかと考え始めた。必ずしも表現しなければならないというわけではないかもしれないが、林檎を崇拝する気持ちが止め処なく溢れてくるようなので自分の胸中だけには留めていられそうになかったのだった。
しかし、私は今までに信仰心などという感情を抱いた経験がないので取るべき行動がまったく見当も着かなかった。真っ暗闇の中に放り込まれたかのようだと思われた。胸が張り裂けそうな心境にならされ、寝床の上で身悶えした。これ程までに苛酷な苦悩は未だかつて経験した記憶がないと私は感じていた。
ほんの数分間で私は林檎に恐怖を感じるようになった。これからの人生でいつ林檎に会うかもしれないと思うと怖くて仕方がなかった。どのように振る舞ったとしても正解ではなかったかもしれないという懸念に苦しめられるだろうと予想して暗澹とした気分にならされた。私はこのまま一生涯を通じて林檎と会わないように生活する方法がないだろうかと真剣に考え始めた。
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