催眠術師は言った。「ほら、このガラス玉を見てください」「表面がよく磨かれているでしょう?」「この部屋の内装もあなたの顔もはっきりと映っているでしょう?」「さあ、気持ちを楽にしてください」「あなたをガラス玉の中に連れて行ってあげますよ」「そこはここと似ている世界ですよ」
その先の顛末が思い出せない。気が付くと私は自宅で夕食を取っていた。数時間程の記憶がすっぽりと欠落しているようで頭の中が軽く混乱した。催眠術師の言葉を思い出し、ここがガラスの中なのだろうかと思ったが、室内には何も異常が見当たらなかった。
結局、その数時間の記憶は蘇らなかったのだが、日常生活には何も目立った変化が起こらなかった。ただ、その日から私はこの宇宙があのガラス玉と同じように球形になっているという確信を抱くようになっていた。自分が丸い空間の中で生きていると感じるようになっていた。それはひょっとすると催眠術の影響なのかもしれなかった。
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目次(超短編小説)