降雨の影響で予定が大幅に狂って旅先で暇な時間が出来たので私は傘を差しながらホテルの近所を散歩し、たまたま通り掛かった美術館に入ってみた。
精巧な造りの胸像が幾つも展示されていた。時間があるので私は一つずつの作品の前で歩みを止めながら鑑賞していった。それらの胸像はどれも人体の形態や質感を正確に再現していた。素材に関する説明は示されていなかったが、まるで本物の髪と肌と眼を使用しているかのようだった。しかし、本物の人間を胸の辺りで切断すると大量の血液が流れ出て顔色が悪くなるはずなので、展示されている胸像はあたかも生きているかのように見えるという点において本物の人間とは決定的に異なっていた。
館内を歩き回りながら私はしばしば他の鑑賞者達の顔を横目で観察していた。彼等の顔に浮かんでいる表情の微妙な変化を眺めていると胸像にして美術館に飾りたくなるような味わい深い一瞬があり、それを見つける度に心が躍った。私は本物そっくりの胸像を制作する技量を身に付けたくなっていた。幾らでも作品を生み出せるだろうと考えていた。
目次(超短編小説)