どういうわけか、私の舌はバナナを不味いと感じるようになった。私はバナナ国の住人であり、バナナをいつでも簡単に入手できる環境で暮らしている。だから、バナナを好物とするならば幸せに過ごせるはずだったし、実際に最近まで私は喜びに満ちた日々を送れていたのだった。
深刻な事態だった。私はこの社会においてバナナを食べられない住民を何人か知っていたが、彼等の顔色は一様に生気がなく、常に不機嫌そうに見えていた。そして、自分もあれらの人々のように悲愴な表情を顔に貼り付けたまま日々を過ごす羽目になるのであろうか、と心配した。
不幸な境遇を受け入れたくないので私は我慢してバナナを食べ続けた。様々な料理法を試し、他の食材と混ぜ合わせた。しかし、それらの努力は実を結ばず、私は食事の度に嘔吐した。どんどんと肉体が痩せ細り、顔色が悪くなっていった。食費が高騰し、家計が苦しくなった。
遂に私はベッドから起き上がれないまでに衰弱して病院に担ぎ込まれた。医師からは出国を勧められた。味覚の変化に対する治療法は確立されていないのだった。私は悩んだ末に移住の決意を固めた。
これから私は自分の舌に合う国を見つけるまで世界中を彷徨い続ける事になりそうだった。その長大な旅路を思い浮かべると気後れしそうになったが、仕方がなかった。この社会に留まると確実に不幸な人間になっていくと悟っていたのだった。新しい幸せを見つけなければならなかった。
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