美味の弾丸が胸に命中した。その衝撃は稲妻のような勢いで私の全身を駆け巡り、すべてが瞬時にして美味しくなった。味覚の悦楽が意識を占拠したのだった。
仄暗いレストラン内の景色も、銃を構えているシェフの不敵な表情も、頬に感じている分厚い絨毯の肌触りも、全身を震わせている痙攣も、一つとして美味を感じさせない要素はなかった。認識するものが悉く美味に変換されていた。巨大な舌と化した意識が世界の表面をべろりと舐めていた。
どうやら床に倒れたらしいと思ったが、それ以降は現状の正確な認識が困難になった。私は大きく目を見開いていたのかもしれないし、滂沱の涙を流していたのかもしれなかった。或いは、満面の笑みを浮かべていたのかもしれなかったし、大声で絶叫していたのかもしれなかった。しかし、自覚はなかった。
巨大な悦楽の中で私は自分の正体さえ見失っていた。しかし、不安など微塵もなかった。もし何らかの懸念が脳裏を過ったとしても怒濤のような美味が瞬時に押し流していくはずだった。そもそも、これだけの快感を享受できる存在であるのに余計な疑問などを抱くわけがないのだった。
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