バナナ飢餓 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 朝、冷蔵庫の中にバナナが見つからなかった。当たり前のようにバナナが常備されているものとばかり思っていたので私は呆気に取られた。

 すっかり忘れていたが、そういえば昨日の朝に最後の一本を食べたのだった。そして、仕事でひどい失敗をして気持ちが落ち込んでいたので補充の必要を思い出さないまま職場から自宅に直帰したのだった。

 仕方がないので私はパンを食べてから出社したが、仕事中もずっと悶々としていて気持ちが落ち着かなかった。昨日の失敗の影響だけではなかった。私は会社から抜け出してバナナを買いに行きたいという衝動に駆られていた。果物屋の開店時刻を過ぎると集中力が一段と減退した。

 朝にバナナを食べるという習慣は現住所に引っ越してくる以前から続いている日課だった。そして、私はその継続性が断ち切られそうになっているという事実に危機感を抱いていた。

 ようやく昼休みになったので私は会社から飛び出して最寄りの果物屋に駆け込んだ。頭の片隅にはこの機会に長年の習慣を見直してみるべきではないか、という考えもあった。バナナがないだけで気持ちが動揺するようでは今度の人生が思い遣られそうだ、と懸念していた。

 しかし、店頭でバナナを発見すると迷いは一気に吹っ切れた。バナナがない人生に価値などないのだ、という確信を持った。むしろ、これ程までに心を浮き立たせてくれる存在がこの世にあるという事実に感謝しなければならない、と思い至った。

 そして、私は会社にバナナを持ち帰り、昼食後に頬張った。ちょうど良い熟し具合で美味しかった。


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