パジャマと靴 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 別に季節の変わり目というわけではなかったのだが、馴染みの服屋へ赴くと店員が新素材の生地で出来たシャツを勧めてきた。一見したところ何の変哲もない布だと思われたのだが、手に取って感触を確認するように促されたので言われた通りに指先で触れてみたところ触れなかったので意外な気がした。店員の説明によると、その生地は通気性が良く、しかも、表面の微細な毛が人体の熱に反応して蠢き、それが気流に似た感触を生み出すという事だった。そして、その生地で作られた衣服を着れば肉体を隠しながら全裸のような開放感を満喫できるはずなのだった。
 
 とても気に入ったので私はその生地で出来た衣服を何種類か購入した。シャツだけではなく、肌着やパンツまで揃えた。しかし、パジャマまで購入したのは早まった行為だったかもしれない。このところ私は夢の中で頻繁に高所から転落しているのである。肉体が重力から解放されて空間に投げ出される。どこにも掴まる物がなく、さすがに肝を潰して瞬時に頭の中が恐慌状態に陥る。私は咄嗟に目を覚ますのだが、鼓動が高鳴って完全に眠気が吹き飛ぶ。そうなると、もはや安らかに就寝できる気がしない。そして、そう何度も睡眠を妨げられては堪らないので現在そのパジャマはクローゼットに仕舞い込んだままになっている。
 
 今回は同じ生地の靴も購入したのだが、それも失敗であったかもしれない。丈夫な素材なので耐久性などに関しては問題ないのだが、なにしろ足の裏側にまで気流の感触があるので常に空中に浮遊しているような気分になるのである。もちろん、それだけなら支障はないし、むしろ面白い体験なのだが、いざ歩き出してみると地面を踏み締めるいう感覚を得られないので不安になるのである。まるで思いがけず階段を踏み外した時のように膝などに余計な力が加わってバランスを失う。しかも、落ちる夢ばかり見せられている影響もあって恐怖感を拭えない。歩行する時には自分の足元から片時も目線を逸らせられないのである。それで、現在その靴も玄関の棚に仕舞い込んだままになっている。


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