冬期用パジャマ | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 本格的な冬が訪れる前に馴染みの服屋へ赴くと店員が新素材の生地で出来たシャツを勧めてきた。一見したところ何の変哲もない布だと思われたのだが、手に取って感触を確認するように促されたので言われた通りに指先で触ってみると生温かさが感じ取れたので意外な気がした。店員の説明によると、熱伝導率が高い特殊な繊維で編み上げた生地なので人間に触れると瞬時に体温を再現し、その速度が尋常ではないので最初から温まっていたかのような錯覚が生じるのだった。しかし、その生地は二重構造になっていて、熱伝導率が高い素材はあくまでも衣服の内側にだけ使用されていて、外側には反対に熱伝導率が低い素材が使われてるので冬の寒さから肉体を守ってくれるのだった。
 
 とても気に入ったので私はその生地で出来た衣服を何種類か購入した。シャツだけではなく、肌着やパンツまで揃えた。しかし、パジャマまで購入したのは早まった行為だったかもしれない。このところ私は誰かの気配を身近に感じ取って夜中によく目を醒ましている。しかも、侵入者は同じ布団の中に潜んでいるように感じられるので、ほとんどベッドから飛び上がらんばかりに驚嘆させられる場合もしばしばである。軽い人間不信で滅多に他人と一緒に睡眠を取る機会などないので慣れない状況に戸惑わされるわけである。しかし、そうして目覚めてみても他人が寝室に侵入しているという事実はない。人体と同程度の熱を保持しているパジャマが睡眠という無防備な状態にある意識の中で錯覚を発生させているのである。
 
 ただ、その生地で出来た衣類のおかげで今年の冬はとても快適に過ごせている。なんとなく上機嫌な日々が続いているようである。常に人肌と同じ温度に包まれている事が精神に好影響を与えているのかもしれない。他人に対する警戒心も徐々に溶けつつあるような気がする。なんだか私の主観にだけ先駆けて春が到来したような印象がある。ほんわかとした毎日であり、久方振りに恋愛などをしてみたいなどと思う始末である。


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