横と縦 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

アメーバブログにて超短編小説を発表しています。
「目次(超短編)」から全作品を読んでいただけます。
短い物語ばかりですので、よろしくお願いします。

 道で頻繁に躓く。ほとんど躓かない日がない。ひどい日は何度も躓き、さらに転倒する。膝小僧を擦り剥き、出血する。別に、人生山あり谷ありだとか、様々な障害を乗り越えて生きていこうとか、そういう姿勢について言及しているつもりはない。単純に物理的な事象として躓くのである。
 
 幼少時代からずっと躓いてきたので私としてはすっかり慣れ切っていて今さら問題視する気持ちも失せていたのだが、友人と連れ立って歩きながら言葉を交わしている内に話題が偶然そこに触れた。そして、彼は自分がほとんど躓かないと主張してきた。しっかりと前方や足元を確認しながら歩いていれば滅多に躓かないし、転倒という事態にまで至るのは決定的に注意力が欠落している証拠だと考えているらしい。しかし、前方や足元は緩やかにしか景色が変わらないし、そんな方向ばかりを見ながら歩いていて退屈ではないのだろうか?視線を真横に移せば風景の変化が一気に激しさを増して面白くなるではないか。
 
 彼はそんな私の主張を耳に入れている最中も実際にずっと前方だけを見つめている。その視線は揺るがない。私の反論を寄せ付けない構えである。普段から強情なところがあるのだ。しかし、改めて思い返してみると彼は昔から歩行中はひたすら前方だけを見ていたような気もする。よく退屈しないものだと感心させられるが、真面目な彼に相応しい歩き方であるようにも感じられる。だからこそ友人として真っ向から否定するわけにはいかないようにも思われるのである。
 
 そして、ふと私は彼が自分の顔を記憶しているだろうかと不安になる。

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