翻訳できない | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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短い物語ばかりですので、よろしくお願いします。

 電話器が故障していて先程から相手の言語がまったく翻訳できていない。なんだか怒っているような気配が伝わってくるので私の側から一方的に通信を遮断するわけにもいかず、あくまでも低姿勢でなんとか気持ちを宥めようと努力を重ねる。ひょっとして相手の側では自分の言語がしっかりと翻訳されているかもしれないので普段通りに一つずつの単語を明瞭な発音で口に出しながら事情を説明していく。

 しかし、相手は一向に気持ちが収まらないらしく、たまに怒鳴り声を張り上げたりする。気弱な性格の私としてはその度に心臓が縮みそうな気持ちにならされる。あまり罵声を浴びせ掛けられた経験がないのである。一刻も早い翻訳機能の復活を願いながら、誠実で忍耐強い応対を心掛ける。ほぼ会話の体を成していないはずだが、それでも相手は通信を切らない。仕方なく私の方も延々と事情の説明を繰り返している。

 この状況に陥ってから既にかなり長い時間が経過している。そろそろ気持ちがくたびれてきている。本当に翻訳機能が故障しているのだろうか?相手が私をからかおうと企てて出鱈目な言葉を連ねているのではないか?そのような疑問が湧いてきているのだが、確かめる術がない。それに、冗談にしては既に洒落で済ませられない程のしつこさである。そこで、私はおそらく本当に起こっているのだろうと推測し、仕方なく真摯な態度で対処を続けている。

 ただ、相手の機嫌は悪化していく一方の様相である。意思疎通がままならない現状に苛立っているのかもしれない。私は通信を遮断して電話の翻訳機能を修理した上で改めて連絡を取って説明するべきであるかもしれない、と思い直す。そこで、相手が黙った隙にその意向を簡潔に説明する。通信が切れる間際まで怒鳴り声が聞こえていたが、一方的に宣告して受話器を置く。それでは、失礼いたします。

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