科学者の朝 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 科学者は自宅の台所で立ったままコーヒーを飲む。窓の外を見遣ると雪が降り続いている。コーヒーの苦味で朝のぼんやりとした気分に喝を入れるつもりだったが、この寒空の下を研究機関まで出向かなければならない運命が呪わしく感じられるばかりで意識が一向にすっきりとしない。それに、そもそもコーヒーが熱過ぎて少量ずつしか飲めはしないのである。彼女はカップに口を近付けて息を吹き付けながら上目遣いに壁時計の表示を確認する。まだ余裕はある。今朝は普段よりも早く目覚めたのである。しかし、そのせいで気持ちがゆったりとし過ぎているきらいがある。
 
 ふと、科学者はコーヒーから直接的に熱だけを抽出して体内でエネルギーとして活用できないものかと思案する。わざわざ食料を入手して調理した上に内臓で何工程も掛けて消化し、そうして取り出した栄養分を体内で燃焼させるなどという手順を踏んでいる現状は随分と回りくどいような印象がある。もちろんエネルギーは風の中にも宿っているし、波の中にも宿っている。しかし、人類は火を起こせる動物なのだから、その特徴を最大限に活かす為には外部の熱をそのまま肉体の動力として変換できるようになるという進化の方向性こそが自然な流れに則っているように思われる。
 
 しかし、そのような進化を遂げると、今度は格段に生き易くなった人類の個体数が爆発的に増加し、あらゆる熱を独占して惑星が氷河期に突入するかもしれない。そんな危惧が科学者の脳裏に過った。かつて彼女は電気自動車の動力源として自然界に内在する電力を吸引する装置を試作した経歴があるのだが、その装置は原子同士の結合を弱まらせるという弊害を発生させ、走行した路面を粉塵に変えた。しかも、研究を重ねても装置自体の耐久力が向上せず、結局のところ実用化にまでは至らなかった。それどころか、同時期に高性能低価格の蓄電器が開発実用化されたおかげで電力不足が一気に解消され、その煽りで彼女の発明は世間から顧みられなくなったのだ。
 
 その苦い失敗に関する記憶が脳裏に蘇ってきたので彼女は溜め息を漏らした。そして、一つの可能性に思い至った。積雪があった日は交通機関が麻痺するかもしれないので早目に出掛けるべきではないか。そのように考えて慌ててコーヒーを飲み干し、玄関へと早足で歩き出したのだった。

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