シチューの朝 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 鍋の蓋を開けると昨日の夕食用に作ったシチューが残っている。パンと一緒に食べようと考えてガスレンジの火に掛ける。冬の寒い朝であり、内容物に充分な熱が通るまでには時間が掛かるだろうと予想する。私はお玉で中身を掻き混ぜる。焦げ付かないように底までしっかりと流動させる。昨夜よりも固形物が少なくなっているように見受けられる。それからパンをトースターに入れる。台所の室温が低いので全身が縮こまって小刻みな震えが止まらない。
 
 既に台所に入った直後から電気ストーブを起動させているのだが、なかなか効果が実感できない。出費を惜しまずに大きくて強力な機種を購入するべきであったかもしれない、とほぼ毎朝のように悔やんでいる。正面方向の近距離にしか熱が放射されていないようであり、部屋全体を温めるには力不足な印象がある。台所のような、人間の居場所がよく移り変わる環境に対しては不向きな機種である。
 
 だからこそ、シチューから白い湯気が立ち上ってくる様子を覗き込んでいると救われるような心地になる。そこから視線を外したくなくなってくる。お玉でゆっくりと掻き混ぜながら永遠に見つめ続けていたいような気がする。シチューは徐々に煮詰まってくる。沸騰して大小の気泡が次々と半球の突起を表面に形作っては即座に破裂して消えていく。昨夜よりも粘性が増しているように見える。
 
 皿とスプーンを用意しようと食器棚の方へ歩いていく。そして、トースターを起動させていなかった事実に気付いて落胆を覚える。慌ててタイマーを設定し、動き始めた様子を確認してから鍋の前に戻る。ガスレンジの火力を弱め、シチューが焦げないように掻き回し続ける。湯気と共にかぐわしい匂いが立ち上ってきている。

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