記憶にない電車 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 「ところで、この電車はどこへ向かっているのでしょうか?」

 自分でも随分と間抜けな質問であると感じた。口に出した瞬間に矛盾を察知し、私は愕然とさせられた。なぜ行き先も知らない列車に乗り込んでいるのだろう、という当たり前の疑問が脳内に渦巻いたものの、すぐには回答が見つからなかった。

 私は咄嗟に座席から立ち上がって車内を見回した。その立方体の空間内には数人の乗客が乗り込んでいたが、彼等には特に不自然な様子が見当たらなかった。ただ、普段の通勤で使用している列車とは座席の配置が異なるので型式が違う様子だった。それに、窓の外には何の変哲もない街並みがあったが、その通過していく風景にも見覚えがなかった。
 
 そして、再び車内に視線を戻したが、今度は自分が誰に先程の質問を投げ掛けたのかがわからなくなった。どこの座席に座っていたかも不明だった。話し相手は他の乗客に紛れたのか、或いは、最初から存在していなかったのかもしれなかった。私は気持ちが動転して混乱したまま揺れに注意しながら車内をゆっくりと移動し、乗客達の顔をそれとなく確認していった。何人かとは瞬間的に視線が交差したが、知り合いは見つからなかった。

 そうこうしている内に電車は駅に到着した。数人の乗客がそこで下車した。私はドアの前に立ち、彼等の後を追うべきか逡巡した。明確な正解が見つかるまでは判断を保留したいというのが正直な心情であったが、ドアは次の瞬間にも閉じるかもしれなかった。目の前のプラットホームには明るい陽光が降り注いでいて穏やかな風情だったが、その景観も私にとってはまったく馴染みがないものだった。

 迷った末、私は電車から下りた。見知らぬ車両に詰め込まれたまま次の駅まで大人しく着座している事が堪え難いように思われていた。この駅の周辺でじっくりと記憶を精査してみよう、と考えていた。

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