その世界の人類 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 その世界には光がない。しかし、そこに住んでいる人類は頭部から生えた十二本の触角で身辺の状況を把握し、超音波を駆使して遠方の事情を感知する。触角は聴覚と嗅覚と触覚の機能を兼ね備えた鋭敏な器官だが、超音波は今一つ未熟でそこから得られる情報に全幅の信頼を寄せるわけにはいかないので彼等は危機から逃走する場合以外には決して素早く移動しない。しかし、この世界には人類以外に大型の生物は存在せず、凶暴な外敵もいないので生活は全般的にのんびりとしたものである。
 
 食料は地中の微生物や鉱物成分であり、彼等は土を口に含んでは栄養を吸い取り、残滓を吐き出すという行為を絶えず繰り返している。縄張りという概念があって他の個体に侵犯される事を本能的に嫌がるが、かといって肉体に武器を備えているわけではなく、それどころか一本の腕もないので単純に互いの身体を押し付け合うだけである。ただし、大抵はそのような力技で勝負が決するわけではなく、どちらか片方が空腹に耐え切れなくなって戦場からの逃走を図るという場合が多い。土からの栄養摂取はあまり効率的ではないので本来ならば睡眠時以外はずっと食事を取り続ける必要があるのだった。
 
 彼等は発情期以外は他の個体とあまり接触しないまま生活しているので言語を持たず、自らを指して「人類」と名乗っているわけではない。しかし、かつてそのように自称していた種族の生命が緩やかな環境の変化と共に受け継がれた唯一の血統であり、その長大な進化の過程で改名する機会がなかったので依然として「人類」なのだった。

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