地下生活の手引き | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 地下街に住み始めて既に数十年になるのだが、ほとんど地上に出る機会がないので暮らしの中に季節感がなく、昼と夜の区別もない。ここでは時間という概念があまり厳密ではなく、誰もが自分の本能が求めるままに食事を取り、睡眠を貪っている。
 
 私も地下生活者としての不規則な生活がすっかり板に付いてきた。ただ、土地勘だけはなかなか備わらない。地下街では方向感覚が狂いやすい。しかし、それは大半の住人に共通する傾向であり、私だけが抱えている問題ではない。この街では皆がまるで家族のように親しいが、それはお互いに気軽に道を教え合いながら生きている影響である。そんなところも私としては大いに気に入っている。地上で生活していた頃よりも格段に知人や友人の数が増えたのである。
 
 しかし、彼等がそれぞれの都合で自宅を訪れてくるものだから私としては充分に睡眠を取っている暇がない。ベッドで寝転んでいても玄関の呼び鈴が鳴らされて無理矢理起こされるのである。そうして意気投合して酒場などに繰り出す羽目になるのだが、そのような状況が延々と続くと体力が持たない。それで、この地下街ではホテルが大いに繁盛している。睡眠不足に陥った人々が誰にも邪魔されずに眠りたいという欲求を叶える為に利用するのである。私も頻繁に宿泊している。ホテルの敷地内で知人や友人などと鉢合わせする場合もあるが、そのような時にはお互いに会釈する程度で余計な干渉は行わない。そうした不文律が人々の間で暗黙の了解として共有されているのである。たまにホテルに延々と宿泊し続けて自宅に戻らない人間もいるが、そうして自分の睡眠環境を守りながら他人の家にばかり訪問するような真似は卑怯であり、社会的に好ましくない態度であるという価値観があるので非難や軽蔑の対象にもなり得る。
 
 この世界では道順を的確に説明できる知的な人物か、或いは、自宅と酒場をひたすら往復し続けている絶倫の人物こそが尊敬を集めるのである。

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