迷路の景色 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 もう数十日も広大な敷地内をうろつき回っている。幾つもの建物が点在しているが、それらには自由に出入りできる。食料庫にはたっぷりと備蓄があり、台所の設備も整えられているので餓死の心配は当面不要である。しかし、どうしても敷地を抜け出せない。庭には複雑に入り組んだ迷路が仕掛けられているのだ。私はとりあえず門扉を探して歩き回るのだが、どのように進んでも両側を挟む頑丈そうな素材の塀には変化が見受けられないので、自分の現在地を把握し続ける事が非常に困難である。本当に、どの角を曲がっても眼前には同じような景色が何度でも現れるのだ。唯一の変化は建物に出喰わす瞬間だ。驚くべき事にこの敷地内には同じ造りの建築物が何箇所も設けられていて、そこには過不足ない生活環境が整えられているのだ。ただし、運が悪ければ見つけられずに夜通し歩き続ける場合もあるし、野宿する事もある。それに、平屋なので屋根に上ったとしても高い塀の向こう側までは見通せないのが残念である。
 
 ここのところベッドで就寝している最中も迷路を彷徨う夢を頻繁に見るようになった。そこでの私は大抵、自分が歩いてる場所をしっかりと把握できているような気持ちになっている。頭の中に地図が形成されていて、外界へと通じる門扉までの経路をはっきりと認識しているという心地良い確信がある。しかし、どこまで歩いても辿り着けはしない。両側の塀はあまりに高く、空はその隙間に細々と一本の直線として見えるだけだ。私は徐々に焦り、圧迫感を覚え始める。
 
 そして、そんな夢を見るといつも不快極まりない気分で目覚める事になる。朝食を済ませても出掛ける意欲が湧かない。迷路の景色に意識と記憶を埋め尽くされ、いずれ外界の存在が忘却されるのではないかという危惧に苛まれるのだ。それで、最近では建物から一歩も足を踏み出さないまま終日を無為に遣り過ごすという事も珍しくはなくなってきている。むしろ脱出への意欲を保ち続ける為にこそ休息が必要とされているのだと自分自身には言い聞かせているものの、それもいまいち説得力に欠けた詭弁であるように思われて、私はちょっとした後ろめたさを抱えながら時間を潰しているのである。

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