平らかな病人 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 肉体が平らかになっていく奇病を患っている。既に両足が膝の下側辺りまで薄っぺらくなっているので歩行は不可能である。仕方なく私は病院の個室に閉じ籠っている。退屈なので自分の足を広げたり、畳んだりしている。ベッドは面積が大きな特注品である。私はそこに広げた足をタオルで丹念に拭いてみたりもしている。
 
 指は初めに平らになり始めた箇所なので悪化の度合いが最も進行していて、既に一本ずつが胴体と同程度の面積にまで拡大している。厚みもかなり失われていて今では紙ぐらいしかない。しかし、まだ血液や神経などは通っているようで、確かな触覚がある。ただし、筋力はほぼ完全に失われているので自発的な動作はもはや不可能であるし、骨もないので軟体動物のような具合でどの箇所でも自在に折り曲げられる。それに、体表面積が広がったせいで体温が失われていて冷え性になっている。実際のところ、絶えず触れていなければ寒くて仕方がないのである。かといって折り畳んだままの状態を持続させていると鬱血して痺れてくるように感じられる。まったくもって厄介で世話が焼けるのだが、病気などというものは患者当人の主観で考えれば理不尽な現象が多いのが古今東西変わらない相場であり、これもその例に漏れていないという事なのであろう。
 
 現在はまだ上半身が健在なので自分で足を拭えているが、いずれ症状が全身に隈無く進行すれば私は完全に運動能力を失うだろう。そうなれば病室よりも広大になっているであろう私の肉体をこの病院に勤務する看護士達が拭いていくのだろうか?仕事とはいえ、それは随分と手間が掛かる作業になるだろう。しかし、仮にそうなった場合でも私はまだ生命活動を維持しているのだろうか?もしも意識があるとして、身体感覚はどのようなものになっているのだろう?冷え性は現状よりも悪化しているのだろうか?いっそ温泉にでも浸けておいてもらえれば肉体を拭いてもらう手間も掛からずに快適に過ごせるかもしれない。私は湯の中でひらひらと舞う自分の肉体を想像する。広大な、湖か海のような浴槽が必要になるだろうが、そのような設備が実際にあれば極楽であろうと考えた。

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