春の挨拶 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 春になって地面の雪が溶けてきたので私は嬉しくなって毎日のように外出している。今年は冬が当初の見込みよりも長引いた為にまだ寒さが厳しい時分に冬眠状態が解除される羽目になり、自宅の奥深い場所で退屈極まりない思いを強いられていたのであるから喜びも一しおである。
 
 上々の気分なので私は道で村人と擦れ違うと必ず高らかな声を張り上げて挨拶の言葉を掛ける。小さな村落なので住人のほぼ全員が顔見知りなのである。ただ、彼等は私の挨拶を聞くと一様に当惑したような表情をその顔面に浮かべる。あまりにも快活で威勢が良いので驚いているらしい。実際、長期に渡る睡眠状態の中で夢ばかり見ていたので私としても他人との距離感がいまいち掴みづらくなっている。自分自身の本来の人格像がかなり曖昧になっている。それは他の住人達も同様なのだろう。きっと彼等も冬眠の後遺症に戸惑っているのだ。挨拶の返し方を忘れているのだ。毎年の事だ。
 
 私は穏やかな空の下を活発に歩き回り、村人達に精力的に挨拶して回りながら自己紹介をしていく。これが今年の人格であると披瀝していく。他の人々に起こった変化についても知っていきたいと思うが、どうも彼等は自身の真新しい性格と方針をまだ見極め切れていないらしい。こればかりは個人差があるので鷹揚な態度で待つしかない。不安定で未成熟な状態の人格に対して過度な刺激を与えると時として暴発を起こす可能性がある。だから、いつも春先は挨拶程度の言葉しか交わさない。互いに警戒し、慎重に牽制し合うのである。
 
 それでも、時として暴発は起きる。喧嘩は春の風物詩である。

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