浮き | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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短い物語ばかりですので、よろしくお願いします。

 釣具店で珍妙なデザインの浮きを発見する。両手を高々と挙げた人間の形状である。大きく口を開け、全力で万歳三唱している最中であるような造形である。派手な衣装を着込んでいるので水中の魚達に対しても目立ち過ぎるのではないかという懸念を抱いたが、気になって仕方ないので購入した。
 
 早速、川釣りに出掛ける。胴体を糸に括り付けてから川に放り込む。急な流れの場所ではないので安定して直立している。人形の肩辺りまで水上に出ている。しかし、どこからか、か細い声が聞こえてくる。「ああ、ああ」と言っている。
 
 やがて魚が掛かる。浮きが沈む。水面を上がったり下がったりする。今度ははっきりとした調子で「助けて。助けて」という言葉が耳に届く。面白いので私はしばらく引き揚げずに様子を見守る。
 
 次の展開があるのかと期待して待ち受けていたのだが、「ぎゃあ、ぎゃあ」とわめき散らすばかりである。しだいに飽きて気持ちが苛立ってきたので「泳げよ」と言ってみる。人形は同じ体勢のまま浮かび続けている。
 
 仕方なく引き揚げると「ありがとう。ご主人様」と言ってくる。大口を開けたままの間抜けな表情は変わらないが、息も絶え絶えな調子である。それで、ついつい人形の仕事を労う気持ちになる。魚も釣れている。購入して良かったという裁定を下す。
 
 そして、再び針に餌を仕掛けて川に放り込む。「ああ、ああ」という声がうっすらと聞こえてくる。

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