魚類初級者 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 ほんの数カ月前まで私は一匹の鳥として生きていたのだが、今こうして魚に身を変えて海中での生活に馴染んでみると、慣れない翼の操作に悪戦苦闘しながら空を舞っていた行為が馬鹿らしく思われて仕方がない。なぜならば、水中には浮力があるので少ない労力で空間を縦横無尽に移動できるのである。しかも、重力に逆らわずに下降して地面と衝突したとしても肉体に受けるダメージの深さには大幅な差があり、どちらがより安全であるかは明白である。
 
 しかし、問題点としては海中の風景が変化に乏しいという点が挙げられるかもしれない。岩場であったり珊瑚礁であったり、といった大まかな特徴はわかるのだが、地形の細部まではとても見分けられないのだ。つまり、私は土地に関する認識がかなり粗雑であるので、知らぬ間に他の魚の縄張りにまで立ち入ってしまい、それで頻繁に喧嘩を仕掛けられるのである。こちらの肉体は人工物であって他の種の獲物にはならないように強化されているので本気で対処すれば敗北はあり得ないのだが、そうした揉め事が際限なく繰り返される内に私は厭戦的な気分にならされ、今ではほとんどの場合において一目散の逃走を選択している。勝利が自明である争いなど面白くないし、それ以上に、相手である魚が感情を表さないのがつまらない。
 
 だから、最近はあちらこちらの海を遊泳しながら記憶に残り易そうな土地を探し回っている。そうした場所であれば縄張りとして守らなければならない範囲が頭の中で明確になるだろう。できれば海底遺跡や沈没船などといった人類文明の痕跡を見つけたい。しかし、なかなか遭遇はしない。それどころか小さな投棄物さえ滅多に見当たらない。この惑星の人間達は海をきれいに保つように心掛けているらしい。どうやら私の放浪はかなり長い期間に渡るものになりそうな気配だ。

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