感覚的監獄 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 ある日、険しい顔付きの警官達が私の慎ましやかな生活拠点に事前の予告もなく来訪し、氏名を確認した後、とやかく文句を言わせない事を目的とした断定的な早口で告げてきた。
 
 「お前を投獄する事になった。容疑はスピード違反だ。この件については既にお前の有罪が確定されているから事情聴取や裁判などが行われる予定は一切ない」
 
 数人の警察官達が素早く周りを取り囲み、背後に回した私の両手首に軽量な手錠を仕掛けた。それから彼等は私を護送車の中へと連れ込んだ。一連の展開があまりにも迅速で目紛しいので、私としてはただただ面食らわされるばかりだった。
 
 どこの刑務所に連行されるのかという情報は知らされていなかったが、護送車はかなりの時間に渡って同じ方向に走り続けていて、小さな窓の外にはあまり馴染みがない風景が見えるようになってきていた。
 
 車内はずっと重苦しい沈黙が支配していたが、やがて私の正面にあるシートに陣取っている警察官の一人が話し掛けてきた。
 
 「お前はこの一ヶ月間に十回ものスピード違反を重ねた常習者だ。だから、我々としてはこの惑星の法律に従い、お前に懲罰を与える事になったというわけだ」
 
 突然の逮捕という事態によって心の中が動揺していたので、私はその警官と言葉を交わす気力が湧いてこなかった。一連の強引な扱われ方によって議論しても事態が好転できるとは思えないようになっていたのだった。それに、車内で制服を着ていない人間が自分だけだったので、なんとなく疎外感を覚えて余計に気弱な心境になっていた。
 
 「さて、そろそろ目的地が近付いてきた様子だから収監の準備に取り掛かるべきだな。とりあえず、お前にはあのカプセルの中に入ってもらおうか」
 
 先程と同じ警察官が促してきたが、返答や意思表示は期待されていなかった。他の警官が別の方向から無言で私の太腿を狙って短銃の引き金を引いた。それは麻酔銃だったが、片足を襲った鋭い痛みは全身の筋肉を一時的に緊張させた。そして、急激に薄れていく意識の中で、私は自分の肉体が警官達によって車内のカプセルに運ばれていく事を確認した。痛みが宙に浮かんで漂っていったが、既に全身の力が抜けて感覚が鈍くなっていた。そして、私は警察官達の話し声をかろうじて聴覚で捉えた。
 
 「さてと、手術を開始しよう」
 
 次に意識が回復したとき、私はまったく一人きりで深い森の中に寝転がり、警察官達の姿は見当たらなかった。周囲の空気はひんやりとしていて肌寒かったが、枯れ葉が積み重なっている地面はやわらかかった。私はまだ目眩を伴った状態であり、瞼をしっかりと開けている事さえ困難に感じられた。視界の中に入り込んでくる太陽光線が途轍もなく不快だった。それは弱々しい木漏れ日であって、決して鋭い刺激を伴っているわけではなかったのだが、それでも私を苦しめたのだった。
 
 警官達がどこへ消えたのか、という疑問については見当も着かなかった。しかし、誰かに運ばれてこなければ急に前後の脈絡もなく森林の奥深い場所で目を覚ますはずがなかった。警官達の存在は決して夢の産物などではなく、彼等が私をこの場所に連れてきたのだった。しかし、周囲の環境は監獄という言葉から導き出されるイメージとは程遠いように思われた。薄目を開けて周囲の様子をゆっくりと確認してみたが、少なくとも私の視界が届く範囲には一枚の壁も見当たらなかった。
 
 そして、意識の朦朧とした状態がなかなか回復しないという事実が私の心中に刻々と重苦しい不安感を募らせていった。それどころか、目を開けて周囲の状況を確認しようと試みる度に気分が悪くなり、頭痛や吐き気にまで襲われる始末だった。私は警察官が発した「手術」という言葉を思い出し、現在の体調もその影響ではないかと考えた。しかし、その疑問に回答を与えてくれる人間が周囲にいないのだった。
 
 やがて夕刻が近付いてきて太陽光線が随分と弱まってきたので、私はようやく両目をしっかりと開ける事が可能になった。まだ爽快な気分には程遠かったが、頭痛や嘔吐感はなんとか治まっていた。
 
 近くの地面に置かれた自分の持ち物ではない一個の地味な色の鞄の存在には昼間から気付いていたが、私はようやくそれを改めてみる意欲を持つに至った。その上には私の名前が書かれた封筒があり、それを手に取って中を覗くと数枚の便箋が入っていた。警察からの手紙だった。やはり彼等は実在していたのだった。私はそれが手書きであり、字体が随分と細やかであるという事実を見て取って意外な思いを抱いた。ただ、文面はその印象とは打って変わり、かなり高圧的なものだった。
 
 「我々はお前の神経系統に手術を施した。その効果は既に発現しているはずだ。頭痛などに紛れて今はまだ正確な症状の自覚に至っていないかもしれないが、今のお前は視線を動かす事にさえ著しい苦痛を感じているに違いない。或いは、この文章を目で追いながら胸が押し潰されそうな緊張感に苦しめられているかもしれない。その推測が的中しているとしたら、お前はこの手紙をゆっくりと焦らずに読むべきだ。我々としてはお前が今度の体験を通して忍耐力を養い、二度と交通法を犯さないようになる事を期待している。その為に手術を施行し、一時的にお前を極度のスピード恐怖症に仕立て上げたのだ。そして、この森林がお前にとっての監獄だ。広い森ではないが、周囲を川と運河が囲まれているから脱獄は非常に困難だ。挑戦しても構わないが、今のお前は大量の水が流れる光景を目撃しただけで恐怖のあまり失神してもおかしくない。刑期は三日間だから、我々が再び現れるまでは大人しく森の中で身を潜めておく方が賢明だ。鞄の中に三日間分の食料と一個のラジオが入っているから退屈なら音楽や天気予報にでも耳を傾けながら時間を潰すといいだろう。ちなみに、お前の刑期中はまったく雨の心配がない。ただ、木々から落ちてくる途中の葉っぱを見つめる事は川の流れを眺めるのと同様に危険な行為であると忠告しておく。それから、今回は初犯扱いだから独房で済ませたが、次からは他の違反者達と人口密度が高い監獄で一緒に過ごさせる事も充分にあり得るからな。現状で他人の動作を見るとどのような心境に陥るか想像できるか?我々はお前のような交通規則を守れない受刑者の精神にどれだけ深い傷が残ろうと知った事ではない。そこのところをよく肝に銘じておくんだな。それでは、この三日間はじっくりと反省しろ。これは命令だ」