舞う音 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 意識の内側で規則的に何度も何度も打楽器音を鳴らし続ける。最初はたった一種類の響きが淡々と繰り返されているだけだが、それのみだと情報量として過小である為か、徐々に注意が他の無関係な想念へと拡散していく。仕事の進捗状況や明日の予定などに関する大まかな思考が始まる。しかし、そうしてほとんど放置されている間も打楽器の音は自律的に強固な一定のリズムを刻み続けている。まるで前世からそこに棲み付いていたかのような自然さで意識内に居座っている。
 
 ただ、しだいに退屈になってきたので別種のリズムを補完してみる事にする。ちなみに私は音楽に関する専門的な素養を持ち合わせているわけではない。その分野においては素人であるに等しい。だから、複数のリズムを組み合わせるに際しても果たしてその関連性が妥当かどうかわからない。ただ、天体の運動が皆既日食などの現象を引き起こすように、周期が異なるリズムの噛み合い方が時として玄妙な効果を生み出しているように感じられるのが好ましい。その複雑な運動にいつまでも意識を委ねていたいという気持ちにならされる。
 
 しかし、そうしていると頭のどこからか打楽器以外の音色が響いてきて即興の旋律が鳴らされる。次の瞬間にどのような展開が待ち受けているか予想される事がなく、二度と再演される事もないであろう音の連なり。実際、フレーズは絶えず変化を続け、同じメロディが繰り返される事はない。仮に繰り返されたとしても土台となっているリズムとの関連性がまったくの出鱈目なので、二回目にはまったく別種の響きを放っているように感じられるに違いない。
 
 私は集中し、神経を研ぎ澄まさせる。音の連なりがひらひらと舞っている。幾つものリズムによって構成された空間を自在に遊泳している。そこには確かに私の感性に訴え掛けてくる要素がある。感情は高揚して祝祭の形になり、拍手と歓声を胸中に満たしていく。その躍動感があまりにも自律的である為に、まるで新しい生命の誕生と成長を見守っているような心境にならされ、たちまち感動が神妙な次元にまで引き揚げられていく。
 
 そして、私は自分が音楽的な専門知識をまるで持ち合わせていない事を残念に思う。頭の中で繰り広げられる演奏の内容をすべて記憶して楽譜にでもまとめれば後々楽器を習得して再演できるかもしれないし、それどころか、そこに法則性を発見できれば、その公式を活用して同水準の音楽を自発的に作曲できるようになるかもしれない。それに、誰かと共に鑑賞して感想を述べ合えればもっと愉快かもしれない。私はそんな考えを抱き、試しに音楽理論でも勉強してみようかな、などと思うのであった。

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