怪物の夜 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 遠くからの悲鳴を敏感に察知して少年は目を覚ます。また誰かが怪物に襲われたのだろうか?こんな夜更けに出歩くなど馬鹿ではなかろうか。少年は布団の中で身震いしながら息を潜めて聴覚に意識を集中させる。鼓動が早まっていて胸が苦しい。ただ、それ以後はこの田舎町にふさわしい静けさで物音一つ聞こえてはこない。静けさはまるでスポンジのようにすべてを吸収し、一定の状況でしかないはずであるにも関わらず、彼の聴覚が及ぶ範囲を厳然と支配し続けている。
 
 少年は先程の悲鳴が決して夢の産物ではなかったと確信しているし、軽々しく油断しないようにと自分自身に諭しているが、その戒めを何度も繰り返すに連れて負に負が乗じて正に転ずるように、あれはやはり聞き間違いだったのではないか、という疑念も生じてきている。その場合、誰も怪物に危害を与えられていないという事になるのだから、むしろ望ましい状態なのであり、彼としてもその可能性には大いに期待したいという気持ちにはなる。しかしながら胸中の緊張を一向に解けない理由は次の瞬間に再び悲鳴が聞こえてくるかもしれないからであり、少年が獰猛な怪物の存在を信じていて、しかも既に複数の被害者が出ているという話を大人達から幾度となく聞かされているせいである。
 
 怪物の侵入を防ぐ為という名目ですべての窓には鉄格子か雨戸が備えられていて簡単には開かないようになっている。しかし、彼はとても心細い気分で窓の方向を見つめる。カーテン越しに差し込む月光はまるで死んだ人間の顔色のように青白いが、切り裂けば傷口から鮮やかな赤い血が溢れ出るだろう。もしかしたら怪物は暗闇と月光に支配された世界の健在を確かめたい為に凄惨な凶行を重ねているのかもしれない。そんな気がしている。
 
 依然として静けさが何の回答も示してくれないので、少年はしだいに焦らされてきてカーテンの隙間から屋外の様子を偵察してみたいという欲求を感じ始めたが、自分自身が脳内に展開させた残酷な想像に怯え、実際には窓に近付くどころか、ベッドから出る事にさえ多大な困難を覚えているのだった。

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