電信柱恋物語 駄々編 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 買い物中、男は泣きわめく子供を見掛ける。保護者らしい人物に対して何事かを懸命に訴えているが、その加減を知らない不快な金切り声はほとんど言語の体を成していない。しかしながら、幾つかの単語らしき音の連なりをしつこく繰り返しているので何度も耳に入れている内にどうやら玩具の購入をねだっているらしいという見当は着けることはできた。
 
 そして、ふと電信柱に恋する自分の心情があまりにも玩具に執着する子供に似ているのではないか、という考えを抱く。もしかしたら物欲と恋愛感情は共通項が多いのかもしれない。しかし、それと同時に男はかつて自分が駄々をこねない少年だったという記憶も思い起こす。ほんの数カ月前までこの世界と人生に対して大した欲望や執着心を持ち合わせていなかったという事実に気付く。絶望していたが、光の存在を知らなかった為に闇の暗さを知る機会が失われたまま生きてきたのだった。
 
 男は人生の大半を損してきたように感じたが、そんな後悔は今さら気に掛けるのも馬鹿らしいと思い直し、予定通りの行為として粛々と買い物を続けた。あの少年の物欲が玩具を入手される事によって満たされるのだとすれば、自分の恋愛感情は何によって成就されたと結論付けられるのだろうか、と考え始めた。かつて妻と交際していた時には結婚して家庭を作った。であるならば、あの電信柱との関係において終局点は一体どこに設定されているのだろう?
 
 答えはなかった。男は戸惑いを覚え、買い物を止めて、その場に立ち尽くした。自分の深奥に渦巻いてる膨大な感情の奔流がどこにも目的地を与えられていないという事実に圧倒され、気が遠くなるように感じた。抱擁でさえ終局点として位置付けられるには充分ではなかった。行き先が見えない感情は動機が知れない犯罪者のように不気味で、得体が知れなかった。どうやら外部に働き掛ける感情ではないらしいという事に気付き、やはり物欲とは質が異なるのかもしれない、と考えた。或いは、大人になってから初めて抱いた心情である為に本来あるべき状態と比べて歪になっているのではないか、とも思われた。
 
 立ち止まったまま男は再び駄々をこねる少年の方へと目を向けた。自分の気持ちを素直に表現してみせる子供を羨ましく感じた。反射的に号泣してみたいという衝動に駆られて瞬時に顔面が紅潮したが、人目が憚られるので数秒間だけ瞳を閉じて気持ちを落ち着かせ、それから買い物を再開した。


電信柱恋物語シリーズ

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