消える皇帝 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 人々は自分達の社会を支配する皇帝に対して口々に賛辞を送っていた。彼の様々な施策に感謝し、その立ち振る舞いの一つずつを誉め讃えた。また、自作の詩を捧げる人々も大勢いた。しかし、どれだけ多くの言葉を重ねても、まだまだ飽き足らないように感じられていた。その気分は皇帝自身も共有していて、彼は人々から称讃される事を何よりも好んでいたのだった。
 
 しかし、言語は対象物の可能性を不当に限定していく作用を持っている。人々はその事実に気付き、皇帝について語るという行為自体が大変な冒涜に該当するのではないか、と考え始めた。それでなくても、皇帝の施策や立ち振る舞いを評価する資格が自分達にあるのだろうか、という疑問は以前から人々の間で議論の対象になっていたのだった。
 
 やがて人々は皇帝について一言も語らなくなった。そして、遂にはその存在さえも忘却していったのだった。
 
 「なあ。あのラブホみたいな宮殿って、中に誰か住んでるんけ?」
 
 「さあな。幽霊屋敷やって噂は聞いた事あるけど、俺等とは関係がない問題やし、どうでもええ事やろ?」
 
 「そやな。どうでもええ事やな」

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