叫べの注射 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 「叫べ」
 
 その一言を注射器に装填し、針を足の静脈に突き刺して慎重に適量を注入する。周囲は静まり返っていて物音一つ聞こえない。しかし、何か前例のない出来事が起こりつつあるという不穏な予感を覚えて俄に胸騒ぎが生じる。そして、体中の血管が少しずつだが、確実に膨張してきているという気がする。全身の神経や感覚器官が極度に研ぎ澄まされてきている。なんとなく周囲の静寂が薄気味悪いものであるかのように感じられる。まるで暗闇に包まれて身辺の状況をろくに把握できていないような、非常に頼りない気分である。
 
 突然、肺が爆発的に巨大化したように感じられ、体内から圧迫感を放出する為に大声で叫び始める。喉の筋肉が引きつっている。それはもはや自分自身でもまったく制御できない衝動である。普段では考えられない程の高音まで発せられる。非日常的な声が鼓膜を内外から鋭く直撃する。多彩な音が電流のように意識内を駆け巡っていく。それらは言語としては構成されていない。頭の中があまりにも騒々しいので、すべての思考が組み立てられる以前に掻き消されていく。声だけではなく、血まで一緒に吐き出しているかもしれない。実際、喉の奥がひどく痛む。この凶暴な衝動によって肉体や精神が滅茶苦茶に破壊されるのではないか、という本能的な不安が胸中の緊張を際限なく増幅させていく。
 
 すべてが収束した後、全身を支配する疲労と共に、清々しい達成感が訪れるのだった。


「注射」シリーズ

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