赤い眼球の黄色いサイン | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 喫茶店の小さな丸テーブルを挟んで恋人と向かい合わせに腰掛ける。すぐさまウエーターが訪れて二人分のメニューと水を置いていく。私はこの店舗に立ち寄るずっと以前から憂鬱な心地である。というのも、恋人の気持ちがまったく読み取れないのである。
 
 彼女の顔面に二つある真紅の眼球には、瞳に該当する部分に幾何学的な記号やら数字やらが現れる。それは時によって複数の斑点であったり、星形であったり、はたまた音符であったりするのだが、すべて鮮やかな黄色で統一されている。私はそこに現れる多彩な変化から彼女の心境を汲み取ろうと四六時中試みているのだが、いまいち手応えが感じられないのである。
 
 実のところ黄色の記号が彼女の気分を素直に反映しているという確信さえない状態である。かつて彼女はそこに相関関係があると話していたが、そのように言われてしまうと記号が暗示している意味をいちいち尋ねる事が恋人として相応しくない態度であるかのように感じられてくる。それでなくても、一人の人間とこれだけ長い時間を過ごしていながら相手の気持ちがまるで読み取れていない自分というものが情けなくて仕方ないのである。
 
 しかし、私は真っ赤な眼球の表面をゆっくりと横切っていく黄色い人影を見て、彼女の気持ちをどのように推測するべきなのだろう?未だに初めて見る種類の記号が出現してくる事も珍しくない。それらを完全に無視して他の表情や言葉などに着目すべきかもしれないが、彼女がわざわざそのような表現手段を選択しているわけなので、その一つずつを正確に読み取れる事が恋人としての必須条件であるかのように思えてくるのである。ただ、相手が自分の心境を読み取る場合に同じだけの注意力を費やしているかという点について考えてみると、その努力が少しばかり馬鹿げた行為であるような気もしてくる。
 
 実際、メニューの内容に目を通していると、そこに掲示されている文字の意味を容易に理解できるので胸中に安心感が去来し、即座に愛着さえ抱かされるような気がするのだった。まるで砂漠の民が長い流浪の果てにようやく我が家に帰還したかのような具合である。しかし、その心境については私も相手に見抜かれないように警戒しておかなければならないのだった。

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