作者はディビィット・ウェリントン。
民間宇宙企業に所属するサニー・スティーブンスが2I/2054D1という天体を発見したのが全ての発端であった。2Iは通常のデブリなどとは違い、自発的に減速しており、それは世紀の大発見だった。宇宙空間でそのような動きをするのは宇宙船以外ありえないからだ。おまけに2Iは地球に向かって移動しており、数か月後には地球と衝突してしまう。スティーブンスはすぐさまその情報をNASAに持ち込み、事態を重く見た探査運用局長のマカリスターは地球を救うためのミッションを開始する。有人宇宙船によって2Iとコンタクトを取り、ルートを変更させる。その重大なミッションの船長に選ばれたのが、アメリカで唯一の有人宇宙船の船長経験者にして、アメリカの宇宙開発を頓挫させた人物、サリー・ジャンセンであった。
新刊の妄想感染体が大好評のウェリントンの初邦訳作品。謎の宇宙船が発見され、探索のために宇宙飛行士が向かう、というのは宇宙のランデブーを髣髴とさせる。比較的淡々とした筆致で語られる宇宙のランデブーに比べ、今作は2I内での描写はホラーっぽさもあり、よりエンタメ性に富んでいる。
作中の時代から20年前の2034年、アメリカの宇宙開発が下火になる原因の事故が起こった。火星探査ミッションの失敗である。NASAの威信をかけたこのミッションは、船長のジャンセンが機材トラブルによる勇気ある撤退をしたおかげで人的被害は最小限で食い止められたが、NASAの権威は地に落ちた。
それ以来、有人宇宙飛行の予算は削られ続け、2055年現在のNASAは衛星の打ち上げと管理だけを行っている。しかし今回は2Iとの対話のために人間を送り込まなければならない。唯一の船長経験者であるジャンセンが選ばれたのは必然だろう。彼女自身も再起のチャンスと考えて取り組んでいる。
ジャンセンが船長を務めるオリオン号に乗り込むのは、2Iの発見者であるスティーブンス、無人機でロシアの衛星と戦っていた軍人のホーキンス、そして宇宙生物学者にして医者のラオの3人だ。いずれも各分野のエキスパートで優れた人物だが、2Iの探査は想像以上に過酷で、人間関係も破綻し始める。
2Iの正体については、正直SFを読み慣れた身としては目新しさはない。ただ描写の巧みさでぐいぐい読ませる力がある作品だ。絶望的な状況からのハッピーエンドも良い。作者はホラーも描いているようで、本作と妄想感染体をきっかけに邦訳が進めば、それらの作品も読めるかなあ、とちょっと期待している。
次は佐藤青南。