頸髄損傷からリハビリ病院~国リハ自立局重度障害者センター等リハビリの毎日を一年半暮らしました。

リハビリ病院では、立ち上がれなくて歩行なんか夢の夢でした。おまけに手の指も使えずに物を持てない動かせない中!

車椅子生活の自立する為に、重度障害者センターに入所生活スタートしました。

一年間の生活の目標はまず、着替えができる用になりたい。

入所当時は当然着替えは無理。

ジュースを持てないし、キャプ等あける事は出来ないです。

ベッドから車椅子に乗り移り(移乗)は出来ないから、ベッドから車椅子に乗り移りは人の助けが必要だった。

これが、出来る用になれば1人で、車椅子に乗れて移動出来るのがもう一つの目標だった。

センター生活を、おくってる方の9割が頸髄損傷の方でした。

入所のときは30人以上いました。

頸髄損傷の方が30人も集まるなんて日常では無いです。

ましてや一緒に生活してるなんて無い。

同じ怪我の方が多いからいろんな話が出来た。

だから、頑張っていけたのだと思います。


入所してもう一つの目標!

車を運転したい。

これが、入所から2ヶ月位して始まった。

当然車のシュミレーターに乗って運転をするんです。

そして、車椅子から実際の車に移乗の訓練等沢山やりました。

その結果免許センター試験を見事に合格して条件が付かない。

このリハで立位する事と手を使う事と足を動かす事の強化につながったと思う。

立位(捕まり立ち)が出来たなら、家に帰ってから段さを数歩あるけたら、バリアフリーの改築がいらない箇所が出てくる、当然改築費が抑えられると言う事で始まった歩行訓練。

センターでは自立の最終はお風呂を自分で入る事に訓練集大成がある。

この二つが出来るようになって、改築費も下がった。

それでも400万近くはかかったんです。

補助金を差し引いても300万以上は実費

それに介護ベッド等も購入。

本当に家に帰るまでお金はかかりました。

当時はまだ歩行ができて二歩か三歩位だろうと予想それに合わせた改築だった。


センター後半に歩行訓練が始まった時は、既に頸髄損傷から一年過ぎていました。

だから回復時期が過ぎていて大きな変化は起こらないと考える。


もし、一般的な回復期と言われる時期に歩けていたら、もっと改築内容は変わっていただろう、当然費用も抑えられてたと思う。


帰ってから少し歩行にも変化があった。

身体の状態も良かった時期もあったのに、今年は痛みや痙縮痺れ、歩行に障害が起こって去年よりも歩けないんですね。

でも、最近は自分の身体の状態が以前とは全く違う!つまり変化したんじゃないかなって思った。

歩行は去年よりも悪いし歩き方も悪い。

しかし状態は過去と違うんじゃないかなって感じるんです。

これが、今ある痛みや痙縮が以前のように楽な時期と一緒になれば、多分変わってると実感するような気がします。

具体的に説明は難しいです。

今は痛みとか痙縮で固くなった部分が多く歩行を邪魔してる。

脊髄損傷の回復は3か月~6か月

希に1年以内と医療の現場では言われてます。だからそれを越えた方の歩行リハビリ等はなかなかなく自費リハビリに多くの人が通います。

でも、望まない人もいます。歩行をやりたい方は少数なので環境は間だまだ悪い。

自分もそう感じるから自分で考えてやる時間が多いけれど限界もあります。