現在、山梨と静岡と大阪で定期的に乳児健診を行わせてもらっています。
乳児健診と言っても、ほとんどお母さんたちと雑談をしながらの(子育てを含めた)お悩み相談です。
僕が助産院に出入りさせてもらうきっかけは、10年程前になるのですが、出産のできる助産院をされていた助産師さんとの雑談です。
助産院には医師がいないので、外科的処置(切開や縫合)はできません。
病院での出産ではほぼ全例、会陰裂傷(出産時にお股が切れること)を起こしていたので、助産院ではその処置をどうしているのか聞いたのです。
するとあっさりと「いや、切れないですよ」と答えたのです。
当時の僕にとっては、受け入れ難い答えでした。
小児科医としての知識や経験から、切れないなんてありえないと思っていたからです。
その返答を聞いて当時の僕は、①何とか納得できる解釈を見つけ出そうとしたのですが、全く納得できるものはなかったので、②考えるのをやめて話を終わらせた、のです。
本来ならそこには会陰裂傷が起きないものすごい秘密があるはずなのに、そのチャンスを見逃してしまったとも言えます。
それから何年かの間に色々な経験をして助産院でのお産を何例か立ち会えた事で、「ちゃんと赤ちゃんの生まれる力とお母さんの生み出す力を信じて委ねればうまくいく」ということと、「そのためには緩むことが秘訣」ということが分かりました。
この世の中を安心して生きて行けるのは、全員に自分なりの「信念」「信じていること」「判断するための軸」があるためです。
トイレを安心して使えるのは、そこでしても良いと「信じていて」レバーを引けばちゃんと流れるからと「信じている」からであり、お店のレジで数字の書いてある紙を渡すのは、この紙には商品と同等の価値があると「信じていて」お店の人も同じ様に信じていると「信じている」からです。
その「信念」がないと安心してこの世界を生きていくことができません。
でもその「信念」に沿った解釈ができないとなると、とても不安になり生活が困難にさえなります。
だから、自分とは違う「信念」を持つ人に出会った場合、①まずは無理にでも自分が納得できるように解釈しようとして、それがダメなら②無視することで、不安を無くそうとします。
例えば医者の言うことは絶対だと信じている方のママ友に「子供に注射したことないんだよね」という方がいた場合、①医者ではなく妙な信念を持つ人に騙されている人なんだと無理矢理納得しようとし、それでも納得できなければ、②その話題はなかったことにする、ということかと思います。
どの「信念」を持っていようとも、それはその人の人生において必要な「信念」なので、自分の今持っている「信念」を貫けばいいと思うのです。
様々な経験をすることで、自分の「信念」は変わっていきます。
注射は安全という「信念」を持っていた人が副作用を発症した事により逆の「信念」を持つことだってあり得ます。
でも多くの経験によりあらゆる考え方ができるようになり、それで考え方の幅が広がり人間の幅も広がって行きます。
「○○だけが正解」と思っている人もいます。
かつては「○○だけが正解」と思っていたけれど今は「△△だけが正解」と考える人もいます。
そこから進んで、「○○でも△△でも正解」と考える人もいれば、「どれも正解」「どれも不正解」と考える人もいます。
あらゆる経験をする中で、あらゆる信念をもつ経験ができて、それで人間の幅が広がっていき、その人の人生が豊かになっていくのかなと思っています。
助産院での出産の本質を知らなかったら、今でも助産院の出産に疑問を持ち、そこで出産するお母さんたちや助産師さんたちから距離をおき、今の自分の診療スタイルはなかったと思います。
違う信念を持っている人と対立したりする中で、何かの拍子に「そうだったんだ!」と思えた時、それが「キヅキ」であり自分の信念が変わる時であり、人間の幅が広がる時です。
自分の信念と違う人と出会うことが、実は自分の人間の幅を広げるチャンスなのです。
