文字と離れた生活をしていた。

久しぶりというか、10年ぶりにアメブロを開いた。

自分が書いていたブログが懐かしかった・・・そして、面白かった。

もう一度書きたい!と思った。

よろしくお願いします!

この山に聞いてもらおうー

遺伝かしら、器が大好き。
若い頃から茶道を習っていて、楽焼、織部、萩、備前、久谷、などなど、師匠の宝物の素晴らしい茶器に触れていたせいか・・・
しかし、和洋問わず器が好き。

ここ数年は、自宅での食器はもっぱら「岸野寛」君の器だ。
15年くらい前、不思議な縁で出会って、そのころまだプロになりたての彼の作品は
人柄と同様、真っ直ぐで素朴で、気持ちがこっちに向かって来るほどに力強く頑固、そして、
温かかった。
いつも彼が言っている言葉「毎日使ってほしい」。だから、気取りがない。
毎年、個展に行く度に、とてもとても立派になられ、雑誌や本で紹介される人になった。
それでも彼の人柄は変わらない。個展の前後には必ず手書きで案内とお礼状をくれる。
器について、私みたいな素人と真剣に語り合ってくれる。
作品は日々の切磋琢磨から繊細さが加わってきている。しかし、彼はまだまだ若く、力強く頑固で、伊賀の土がそのまま感じられる温かさ。
 
ここ一年、お茶のお稽古を休んでおり、食器をよく割ってしまうようになった。
お茶のお稽古を始めた頃、洗面器までも両手で扱ってしまう、と師匠に言い、笑われたことがあった。そそっかしい私が、食器を割らなくなっていたのは茶道のおかげだったのか。
また、お茶のお稽古を始めたくなっている。地味だけど深い深い世界。あの茶室での空間がたまらなく懐かしくなっている。

始めに器好きは遺伝と書いたが、両親ともに大の器好き。
なのに、家庭という場はなんと雑なことか・・・とこないだも友人と話していた。
食器棚はケーキ屋さんのプリンが入っていた器や、景品でもらったような器でいっぱい。
お気に入りの器だけをきちんと整理し置いて、毎日使えばいいのに。
家族が多いほど勝手に捨てれないとか、もったいないとか、言い訳はさまざま。
一人暮らしで気ままに快適空間をつくれている私は、たまに帰る実家では発言権なし。
でも、器好きに育ててもらったことには感謝かな。
まだ梅雨の明けない7月始め、友人と京都観光に行く事にした。
しょっちゅう行っている京都だが、観光は久しぶり。
テンション上がるはずが、前日の飲み会で二日酔い… ちょっとだるい気持ちを引きずり出発。
行き先は決まっていた『金閣寺』。
まずは、金閣寺近くの『はなふさ珈琲店ノース』で、目覚めのコーヒー。シャイな店長さんが、とてもとても丁寧にコーヒーをいれてくれる。一緒に頼んだサンドイッチもいちいち卵焼きから手作りでとっても美味しい!ひとりでまわしておられるので、注文してからしばらく時間がかかる。いつも来ているであろう地元の常連客が満足そうにコーヒータイムを過ごしている。コーヒーをいれる所作に見とれていると、見られてると恥ずかしくて…と顔を赤くされるシャイな店長さん。 とても美味しかったです。
そして、歩いて5分で金閣寺。
いや~一気に二日酔いが飛んでいった。
梅雨の湿った緑の中で、あまりにどっしりと輝いて、見事な美しさ…
英語で「It's beautiful!」 スペイン語で「?Que bonito?」
感動そのままに『龍安寺』へ。
石庭までの景色が素晴らしい。水を含んだ緑のエネルギーがきちんと手入れされた庭を引き立てる。
あ~梅雨が好き京都が好き。
石庭では、修学旅行の中学生が行儀良く写真を撮りまくっていた。私達はしばらく語り合う。
観光に満足し、出町柳で乾杯し帰宅。
何故多くの人が京都に魅了されるのか考えた。丁寧に作られ丁寧に手入れされ、いつも見られている、期待されているという責任と自信が誇りとなり、圧倒的な存在感でオーラを放つ。
ただ歴史があるだけでなく、手を抜かず守り抜かれてきた、洗練されてきたもののプライド。
ん?歌舞伎役者さんや大女優さんと一緒じゃん!
そうか、やっぱり人は見られているという意識で磨かれていくのね。
京都観光からの人間考察・・・
やっぱり京都はすごい。また、京都へ行こう。
祖母のお墓参りのため田舎へ…
思いがけず、となり町の花火大会。父と見に出かける。母は観たいテレビがあると言い行かず(そんなアホな~)
海辺からの花火。
地元の人たちばかりでのんびり近くで見る事が出来た。
それでも6000発!
間近の花火を見上げると、星空と一体化☆ 思わずaikoの歌が頭をよぎる♪夏の星座にぶらさがって上から花火を見下ろして♪
私だけ?気分は夜空のピーターパンだった~












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『愛があれば年の差なんて…』と、言う。
しかし、恋の勢いに年の差は吹っ飛ぶことはあるが、愛まで育てるのは、一般的にまれだろう。
そこで、女友達男友達では、年の差なんて関係ない。
こないだ、13歳下の女友達と小豆島に旅行に行き、先日は13歳上の男友達と佐野元春のライブに行った。
もうすぐ結婚するMちゃんとの小豆島の旅は珍道中の爆笑と、『家族に乾杯』的な、地元の方との出会いに満ちた温かな旅となった。
Nさんとのライブは、 音楽の調和と元春のメッセージが心に染みる感動のステージだった。
年に数回しか会わない二人だが、自分では出来ない体験をいつもさせてくれる。
もちろん、年の近い友人だってそう。
とにかく、年齢なんてただの背番号。今、何番を背負っているかは自分にとっては意味があるが、人を評価するものではない。
その人そのままと、自然に付き合えれば人はいい思い出を積み重ねていけるように思う。でも、やっぱり、『愛があれば年の差なんて…』もいいね!
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この時期、紫色の花が涼をくれる…





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