代表は1947年から1978年まで大阪府庁に勤務をしていた。

そこで大阪府時代とその後、出会った著名人について紹介したい。


① 中川和雄(元大阪府知事) 代表の元上司 

   中川さんとはよくけんかをしたと言っていた。今は赤十字関係の役をしているらしい。 

   高等文官の試験をとおっていないと代表は言っているが元厚生省の役員であるはず

   なのだが

 

② 故 村主好啓 (むらぬし よしひろ)(元大阪府議会議長、府議会議員)

   この人は佐藤義詮元知事の片腕と言っていた。

   この人にみそめられて課長、次長、大阪府老人福祉センター楽寿荘荘長まで

   出世ができたといっており、いつも神様のように思っている。 


③ 故 久保哲司(代表の大阪府南河内福祉事務所長時代の元部下)

  元公明党衆議院議員

  優秀な人材なので本庁へ返したと言っていた。苦労人らしい。

  まさか早く亡くなるとは思わなかったと言っていた。


④ 故 西本そとの(府母子福祉連合会会長)

 未亡人会で知り合う。代表は西本さんに見込まれ、私が応援するから

 枚方市の市会議員に出るように再三推薦されるが

 しかし代表は小学校しか出ていない学歴コンプレックスが

 あったため枚方市の市会議員には立候補しなかった。


⑤ 三木静夫 (前枚方市市議会議員、元枚方市市議会議長)

  中宮土地改良区理事長時代、一生懸命応援する

  衆議院議員の平野博文氏と知り合うのもこの頃か


その他、府議会議員 中村哲之介 枚方市の市会議員の時からの知り合い

塩川正十郎 元財務大臣とは代表の元上司の荻野氏が慶応の同期だったらしく何回か

お目にかかったことがあるらしい。


山本倉庫の代表 山本留吉翁がよく口癖にしていた言葉を紹介したい。


①たえず先を先を考える


②本に書いてある事が正しいがどうかは自分で判断しなければならない

  本はいいことばかり書いてあるので信用しない。テレビか新聞しかたよりにしない。

  現に家には驚くほど本がない。めぼしいのは百科事典と大阪府の名簿以外はほとんどない。


③戦争を経験して、戦後昭和21年頃に円の切り替えがあり、持っていた現金が紙切れになり

 価値がなくなったことから土地は売ってしまったらあかん。世の中はどう動くかわからない

 農業は必要である


④自分がしっかりすれば人がついてくる。


性格的には 


1本筋が通っている。がめついが純粋、誠実な面がある。義理を大事にする。気分屋的なところがある。


山本留吉翁に接した人の印象としてはよく怒る、接しにくい人もいるようだが まだましなほうで


家ではもっと遠慮なく怒る。山本家の天皇みたいな人である。 私自体も孫なのによく怒られたので


怒ったら鬼を通り越して悪魔と呼んでいた。しかしいくら怒られても、慕う人がいる。確かに


有言実行、決めたことは徹底してやるなど人を惹きつけるような魅力がある。

弊社は大阪府枚方市において倉庫業を行っている山本倉庫と申します。

ホームページはこちら

http://yamamoto-souko.com


今日から不定期において連載をしたいと思います。


弊社は昭和47年から不動産賃貸業を行っております。

当時、都市化の波が枚方にも襲い、アパートが建ちだした

ころでした。

私どももアパート経営を行いました。当時は何もしなくても

供給(人の住むところ)が需要(人)に追いつかない状況で

アパートは建てれば人が入り満室になるという今では考え

られない状況でした。


今から15年ほど前からアパートやマンションは建てれば人が

入り何もしなくても満室になるという状況ではなく、事業として

の考え方が定着してきました。間取りや価格やオートロックなどの

設備、光ファイバーが定着しているかなどがポイントです。


これから順次述べていこうと思います。