マイノリティーとか
なんだって、とにかく普通になれない、大多数になれない誰かの、心の痛みすら想像するようになった今。
自分は普通だと思っていた。
だいたいのことは努力でリカバーしていたのに。
自分じゃどうしようもならないこともある。
諦めたくないくらい、欲しいこともある。
究極の矛盾が、何か私に悟りをもたらしそうだ。
職場には色々な研究の本があるわけだけど、なぜか研究に関係ないはずの、不妊と心理学の本を発見。
本をみてハッとした。
人工授精が私には希望であったのだけど、世の中の不妊治療者は、そうして授かったことを、秘密にして行きていく人が多いらしい。
ヒトは生殖医療という「神の域」とも思われるところに足を踏み入れたけど、その「天罰」にも似た苦しみをフォローしてくれる人はいない。
「不妊治療で産まれた子供です」
堂々と言わない時代に、神の域を冒したとも感じられてしまうこの環境で…
私は追い詰められたとき、医療に助けを求めるだろうか。それでもしも産まれた子供。その子に一生隠し事をして行きていくのかな。
やっぱり、旦那の回復を祈るしかないのか。