こんにちは。

いつもお読み下さりありがとうございます。


レムリア大陸と一緒に水に沈んだ過去世があります。


その時の記憶もありますが、

今日はその後の世界の風景をお伝えしたいと思います。




レムリアの大陸すべてが沈んでしまった後。


どのくらい時間が経ったのか、正確にはわかりませんが、

海が落ち着いてきた頃。


その時の私の感覚では、水没直後 

なのですが。

現代の私たちの感覚とはちょっとズレているかもしれません。




足首ぐらいまでの穏やかな浅瀬に立っている私。

見渡す限りであるその場所は、透き通った水に明るい日差し。

澄んだ空気も気持ちよく、

清々しいという言葉が、ピッタリです。


離れた場所に見える、沈んだ建物たちに

レムリアの名残が見えるものの

水没の夜に大陸を覆っていた

悲壮感や絶望といった空気はまったくありません。


私自身も、

「さぁ!いよいよ始まる

「どんな世界が広がるだろうか」

「どんな世界が良いだろうか」

と、希望いっぱい。胸いっぱい。


まるで、ピカピカのランドセルを背負って

入学する1年生のような

期待感。


真っ白で、大きなキャンパスを前に

イメージを膨らませるような

ワクワク感。




この時の私は、人間ではないと思うんです。


服装こそ、白いゆったりとした布を纏い

レムリアっぽい雰囲気はありますが。

そもそも、肉体は大陸最後の夜に一緒に海に沈んでいるはず。


思考や意識も、人間のものとは少し(いや、かなり??)違っていて💦


愛する人々と大陸の水没に(人間の私は)

あれだけ心を痛めて、嘆き悲しんでいたのに。


その名残である建物たち(高い塔の屋根の部分だけ少し水面から出て見えている)を見ても、

悲しみはなく。


むしろ、大いなるリセットですっきりとした海を気持ちよく思い。

これからの世界再生に胸を高鳴らせています。

それほど時を経ていないにも、かかわらず。。。


この感覚に現代(今世)の私は付いていけないというか💦

おどろきです。


だって、たくさんの人々が沈んでしまい(自分も含めて)

あれだけ愛し、守り続けたものたち全てを失ったのに。

最愛の彼とも、水中で手が離れてしまったままなのに!


でも、その出来事さえも必要だった

という認識です。


人も動物も植物さえも、辺りには見えない

だけの世界。


本当に清々しい空気で、

年末の大掃除を終わらせて迎えた

元旦の朝、のような厳かであり、清らかな場所。


感じるのは、ここから、すべてが始まるのだという

希望キラキラ


具体的に、そこから私が何をしたのか。

その後の時系列でつながった記憶はないのですが。

そもそも、概念が違いすぎて、具体的な記憶を留めるのはムリなのかも。


ただ、人間的には悲劇としか言いようのなかったあの出来事さえも、

地球や宇宙規模の視点で見ると

むしろ新しい世界を作るための大事な出来事。


死と誕生

破壊と再生

絶望と希望

は、コインの裏表であり

イコールであるという事。


そこに、善悪はなく

出来事をただそのまま受け入れるという在り方。



もちろん、現代の私は

このような、意識状態を保ってはいません。

ツライ事は嫌だし、絶望はしたくありません。


ただ、このような景色を垣間見て思うのは

何があっても大丈夫なのだと言うこと。

悲劇的に見える死、さえも

希望に繋がっているという事。


ただ、現在困難に直面している人に対して

絶望=希望です。

だから大丈夫。


と言った所で、綺麗事でしかないでしょうし。

今回の地震で被災した方々にも、私に出来るかたちで具体的な支援をしたいと思っています。


しかし、すべてが破壊されても必ず再生がある

と言う事実を、皆さんの心のどこかに留めてもらいたい。

この希望の風景と光が

少しでも届けば、と思います。


そして、綺麗事が綺麗事で終わらず

当たり前になる世界が来る事を願って。


私たちなら、きっと出来ると思います😊


本日もお読みいただきありがとうございます。