ゴルさんありがとう♡♡♡  お墓は必要か?を霊視 奇跡への階段  | ☆・;*; Syuonmaiのブログ ;*;・☆

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. . パク・ヨンハさんや母の魂と共に生き、感じるままに綴ります。

お墓は必要か?を霊視 奇跡への階段 メール相談より


<一部抜粋>

メール相談より、お墓について書いてほしいという相談がありましたので、お墓についてイメージされる事を書きたいと思います。
妻が亡くなってすぐに、お前の墓はどうすると聞いてみると、「いらないよ」と言うのです。でも、お墓がないと、お前が困るでしょう?困らないよ。だって霊界だもんとイメージを伝えてくるのです。でも、お墓がないと祟られたりするんでしょう?と私が聞くと私は成仏して霊界に居るから大丈夫だよ。そっちにいる成仏していない方が何かを伝えようとして、自分の存在をアピールするためにマイナスなことを伝えて存在をお知らせしているんじゃない?と妻は言うのです。じゃあ、お墓はいったい何なの?と聞くと人間の勝手でしょう。自分たちの慰めのためにお墓を作ってお参りして、生きている人を慰めるためのものじゃない?と妻は言うのです。じゃあ、遺骨はどうしたらいいの?あなたの実家のお墓でいいんじゃない?私はお母さんが大好きだから。と妻が言うのです。結局、その後に田舎の母親と相談して、妻の遺骨は田舎のお墓に入れる事にしました。その間、妻の遺骨は8か月間もの間私の家にありましたが、私が何度も霊視しても遺骨には妻自身の霊が入る事もなく、ただの骨がある状態でした。
成仏された方は人間界の物質には全く興味がないようです。自分の生前大事にした物や、自分の遺骨、そして死んだ後に入る事がお決まりのお墓でさえ、興味どころか意味がないようです。
人間界はやはり人間が人生を費やし修行をする場所なのだと私は思います。
もともと霊界に居た自分の魂は、霊界からある意味を持って人間界に人として生まれて来ます。人として生まれた自分の魂は、人としてのその生涯を終え、霊界に戻った後は、ただの修行の場である人間界には自分のこだわりを置く必要はないのです。
人間界に自分のこだわりを置くのは、生きている人間自身だけのようです。
残された家族や親族のためにお墓は作るものであると、私は思いますので、それぞれの方が話し合いなどをして一番納得される方法が、お墓をどうするのか?決めるのが、霊界通信を通じての一番無難な方法ではないか?と私は思います。



亡くなった人が浄化されると、嬉しい・楽しいのプラス感情だけになりますので、なんのこだわりもありません。

生きている人が前向きにクヨクヨしないで生きる事が、供養に繋がるイメージのようです。お花や生前好きだった食べ物なども不要です。

そして生きている私たち人間も、自己浄化後はマイナス感情がないので、悩みや将来の不安もなく、人を嫌う感情もなくなりプラス感情だけで生きられるのです。