2. 運を生かす - 夢のかなえ方(夢かな)
作曲家のYOUTAです。
夢のかなえ方(夢かな)について僕の体験談をもとにお話しするシリーズ。
今回は「運を生かす」の大切さについて実感した学びの体験談をご紹介します。
ここでの「運」とは誰かが運んできてくれる「チャンス」を指し、そのチャンスを自分の人生に生かすことが「夢をかなえることにつながる」というお話です。
<偶然の役割がもたらした道>
中学2年生の冬、学校行事の「給食週間」で自分たちのクラスが何か発表をすることになります。
担任の先生から、発表の内容は自由に自分たちで考えるよう言われ、クラスメイト3人で話し合った結果、給食の歌を作って披露することに決まりました。
曲作りは、音楽教室に通っていた僕が担当することになり、当時プレイしていたテレビゲームの音楽にヒントを得てメロディーを作曲。
そこに、給食の様子を描写した歌詞をのせて歌が出来上がり、数日間の練習をへて迎えた発表当日。
僕のキーボード演奏に合わせて3人で歌ったのですが、誰かが途中で歌詞を間違えたことで3人とも笑ってしまい、挨拶も適当なまま逃げるようにステージから降りてしまいます。
言うまでもなく担任の先生からたっぷりとお説教されましたが、給食週刊の最終日に、非礼へのお詫びと再演のチャンスを与えられます。
反省した僕たちは再演までの短い期間にみっちりと練習し、今度こそと意気込んで臨んだステージは大成功。
こうして拍手喝采を浴びて、先生にも褒められ、音楽を自作自演することに喜びを感じた僕は、その後仲間を集めて音楽活動を活発化していくことになり、音楽の道に進んでいくことになるのです。
この経験をもとに「何気なく巡ってきた活躍の機会が、自分の進むべき道をもたらしてくれることもある」と実感しています。
<思わぬ宿題をきっかけにいだいた志>
高校2年生の暮れ、全く勉強しない僕たちを担任の先生が見かね、期末試験で5教科の平均点に個人目標を定めようと提案されます。
それには、目標を達成できたら食事に連れていく代わりに、達成できなかった場合には冬休みの宿題を出すという条件が付いていました。
結局、CDラジカセにゲーム機をつないで遊んだ挙句の一夜漬では目標の点数に届かず、冬休みに本を3タイトル読んで感想文を提出するという宿題が課せられます。
しかも「推理小説など娯楽的な書籍は除く」という条件が付けられ、読書をしなかった僕は、学校の図書室で途方にくれました。
そんな僕を見た先生が、ちょうど目に入ったショパンの伝記を「音楽を勉強しているのだから」と勧めてくださいます。
特に読みたい本があるわけでもなかった僕は、何気なくその伝記を借りることにしました。
仕方なく開いた本でしたが、読み進めるうちに自然とショパンの魅力に引き込まれ、卒業まで1年余りの間に繰り返し何度も読むことになります。
こうして「僕も作曲家になろう」という強い志をいだくようになり、今ではそれを実現しているのです。
この経験をもとに「人から与えられたり勧められたりして、やむを得ず取り組んだことが、人生の大きなターニングポイントになることもある」と実感しています。
<望まぬ失恋があってこそ生まれた曲>
大学2年生の夏、1年以上前から想いを寄せていた同期の女性に、友人の後押しで、僕は告白する決意をします。
「七夕はサマーバレンタインで金平糖を贈ると良い」と教えられ、必要なものを買いそろえ、友人がラッピングしてくれて臨んだ7月6日。
1時間以上かけて、やっとのことで想いを伝えるも、彼女の返事は「ノー」で、何も手に付かないほど落ち込んでしまいます。
そんな失意の夏休み明け、9月21日に大学の練習室で生まれたのが『永遠』という曲です。
それから4年余りたち、音楽家として生き始めた頃に、何気なくピアノで弾いたその曲が好評で、以来レパートリーの1曲として大いに活躍し、2018年には音源もリリースしています。
あの日、友人の援護がなければ告白さえできていなかったろうし、振られて失恋しなければ『永遠』という曲も生まれていなかったことでしょう。
この経験をもとに「人との関わりから発生した出来事は、失恋という結果でさえも曲を生み出すチャンスになる」と実感しています。
<指名されたら喜び勇み引き受けて全力で勝ち取る>
2012年3月、テレビ番組のレポーターに就任したイラストレーターの友人から、番組のテーマ曲を書いてほしいと打診があり、「これは願ってもないチャンス」と二つ返事で引き受けます。
放送開始は翌月に迫っていましたが、紆余曲折をへて何とか月末までに音源が仕上がり、番組の担当者からもOKが出て、無事に『夢飛行』が採用されます。
当初はフルート曲として書いたのですが、その年の秋にコンサートした小学校で6年生たちから「歌詞を付けて卒業式で歌わせてほしい」と申し出があり承諾します。
そして翌年3月に同校の卒業式で子供たちの作詞による記念演奏が実現したのを機に、僕自身の作詞で合唱曲バージョンを制作し、以後いろんな場所で演奏するようになりました。
また、ピアノ曲としてもコンサートの序曲として定着したほか、CDの収録曲としても定番になっていきます。
さらに、合唱曲としても歌詞を変えた春夏秋冬それぞれのバージョンを制作するにとどまらず、合唱サークル大空へ飛べバージョンや、オリジナルの歌詞による卒業ソングも作るに至ります。
インスト演奏でもフルートに限らず、オカリナ・ギター・バイオリン・サックス・ホルンなど様々な楽器をメインに披露しており、吹奏楽にも編曲しています。
まさに僕の代表曲と言うべき作品で、YOUTA=夢飛行と言っても決して過言ではありません。
これは友人の誘いがあってこそ生まれた楽曲であるとともに、あの小学生たちが歌にしたことで合唱曲を作る発想になりました。
この経験をもとに「仕事で指名されたら基本的には大歓迎で引き受け、全力を注いでチャンスをものにするのが大事だ」と実感しています。
<人の助言や情報提供をチャンスに変える>
2013年の暮れ、僕のピアノ演奏を動画で視聴したカメラマンから「この曲は映像と合わさると非常に良い」と言われます。
そこで翌年の春、彼の車で東北の被災地を旅した際に彼が撮った風景を使ってミュージックビデオを制作。
そんな折、障害を持つ音楽家の祭典「ゴールドコンサート」への参加を知人からすすめられ、この曲を応募します。
のちに『希望の架橋』の曲名で主要レパートリーとなるこの曲がデモテープによる予選を通過し、本選で楽曲賞を獲得したことが自信となり、以降二度にわたって新曲で楽曲賞をいただきました。
実はこれ以前にもゴールドコンサートに何度か応募していたのですが、いずれも予選落ちで、一度は本選出場をあきらめていました。
また、この曲もピアノ演奏ではなく、基本的には歌としてボーカルと演奏していました。
この経験をもとに「人のくれた助言や情報をチャンスとして生かすことが、思わぬ展開と成功につながることもある」と実感しています。
----------
今回の体験談は以上です。
「夢をかなえる」というと大げさに聞こえますが、ちいさな毎日の目標達成も立派な夢の実現。
そんな「夢かな」を積み重ねた先に何があるのか、その答えは未来にあります。
点が線に、線が面に、面が立体になって、点の持つ意味を未来で知るのです。
「夢を毎日かなえている」と考えるだけでワクワクしてモチベーションが上がり、いろんなことがうまく回り始める。
僕は毎日X(旧Twitter)に「今日かなえた夢」を一つ投稿しています。→#今日かなえた夢
この「夢のかなえ方」が少しでも誰かのお役に立てば幸いです。
夢のかなえ方(夢かな)について僕の体験談をもとにお話しするシリーズ。
今回は「運を生かす」の大切さについて実感した学びの体験談をご紹介します。
ここでの「運」とは誰かが運んできてくれる「チャンス」を指し、そのチャンスを自分の人生に生かすことが「夢をかなえることにつながる」というお話です。
<偶然の役割がもたらした道>
中学2年生の冬、学校行事の「給食週間」で自分たちのクラスが何か発表をすることになります。
担任の先生から、発表の内容は自由に自分たちで考えるよう言われ、クラスメイト3人で話し合った結果、給食の歌を作って披露することに決まりました。
曲作りは、音楽教室に通っていた僕が担当することになり、当時プレイしていたテレビゲームの音楽にヒントを得てメロディーを作曲。
そこに、給食の様子を描写した歌詞をのせて歌が出来上がり、数日間の練習をへて迎えた発表当日。
僕のキーボード演奏に合わせて3人で歌ったのですが、誰かが途中で歌詞を間違えたことで3人とも笑ってしまい、挨拶も適当なまま逃げるようにステージから降りてしまいます。
言うまでもなく担任の先生からたっぷりとお説教されましたが、給食週刊の最終日に、非礼へのお詫びと再演のチャンスを与えられます。
反省した僕たちは再演までの短い期間にみっちりと練習し、今度こそと意気込んで臨んだステージは大成功。
こうして拍手喝采を浴びて、先生にも褒められ、音楽を自作自演することに喜びを感じた僕は、その後仲間を集めて音楽活動を活発化していくことになり、音楽の道に進んでいくことになるのです。
この経験をもとに「何気なく巡ってきた活躍の機会が、自分の進むべき道をもたらしてくれることもある」と実感しています。
<思わぬ宿題をきっかけにいだいた志>
高校2年生の暮れ、全く勉強しない僕たちを担任の先生が見かね、期末試験で5教科の平均点に個人目標を定めようと提案されます。
それには、目標を達成できたら食事に連れていく代わりに、達成できなかった場合には冬休みの宿題を出すという条件が付いていました。
結局、CDラジカセにゲーム機をつないで遊んだ挙句の一夜漬では目標の点数に届かず、冬休みに本を3タイトル読んで感想文を提出するという宿題が課せられます。
しかも「推理小説など娯楽的な書籍は除く」という条件が付けられ、読書をしなかった僕は、学校の図書室で途方にくれました。
そんな僕を見た先生が、ちょうど目に入ったショパンの伝記を「音楽を勉強しているのだから」と勧めてくださいます。
特に読みたい本があるわけでもなかった僕は、何気なくその伝記を借りることにしました。
仕方なく開いた本でしたが、読み進めるうちに自然とショパンの魅力に引き込まれ、卒業まで1年余りの間に繰り返し何度も読むことになります。
こうして「僕も作曲家になろう」という強い志をいだくようになり、今ではそれを実現しているのです。
この経験をもとに「人から与えられたり勧められたりして、やむを得ず取り組んだことが、人生の大きなターニングポイントになることもある」と実感しています。
<望まぬ失恋があってこそ生まれた曲>
大学2年生の夏、1年以上前から想いを寄せていた同期の女性に、友人の後押しで、僕は告白する決意をします。
「七夕はサマーバレンタインで金平糖を贈ると良い」と教えられ、必要なものを買いそろえ、友人がラッピングしてくれて臨んだ7月6日。
1時間以上かけて、やっとのことで想いを伝えるも、彼女の返事は「ノー」で、何も手に付かないほど落ち込んでしまいます。
そんな失意の夏休み明け、9月21日に大学の練習室で生まれたのが『永遠』という曲です。
それから4年余りたち、音楽家として生き始めた頃に、何気なくピアノで弾いたその曲が好評で、以来レパートリーの1曲として大いに活躍し、2018年には音源もリリースしています。
あの日、友人の援護がなければ告白さえできていなかったろうし、振られて失恋しなければ『永遠』という曲も生まれていなかったことでしょう。
この経験をもとに「人との関わりから発生した出来事は、失恋という結果でさえも曲を生み出すチャンスになる」と実感しています。
<指名されたら喜び勇み引き受けて全力で勝ち取る>
2012年3月、テレビ番組のレポーターに就任したイラストレーターの友人から、番組のテーマ曲を書いてほしいと打診があり、「これは願ってもないチャンス」と二つ返事で引き受けます。
放送開始は翌月に迫っていましたが、紆余曲折をへて何とか月末までに音源が仕上がり、番組の担当者からもOKが出て、無事に『夢飛行』が採用されます。
当初はフルート曲として書いたのですが、その年の秋にコンサートした小学校で6年生たちから「歌詞を付けて卒業式で歌わせてほしい」と申し出があり承諾します。
そして翌年3月に同校の卒業式で子供たちの作詞による記念演奏が実現したのを機に、僕自身の作詞で合唱曲バージョンを制作し、以後いろんな場所で演奏するようになりました。
また、ピアノ曲としてもコンサートの序曲として定着したほか、CDの収録曲としても定番になっていきます。
さらに、合唱曲としても歌詞を変えた春夏秋冬それぞれのバージョンを制作するにとどまらず、合唱サークル大空へ飛べバージョンや、オリジナルの歌詞による卒業ソングも作るに至ります。
インスト演奏でもフルートに限らず、オカリナ・ギター・バイオリン・サックス・ホルンなど様々な楽器をメインに披露しており、吹奏楽にも編曲しています。
まさに僕の代表曲と言うべき作品で、YOUTA=夢飛行と言っても決して過言ではありません。
これは友人の誘いがあってこそ生まれた楽曲であるとともに、あの小学生たちが歌にしたことで合唱曲を作る発想になりました。
この経験をもとに「仕事で指名されたら基本的には大歓迎で引き受け、全力を注いでチャンスをものにするのが大事だ」と実感しています。
<人の助言や情報提供をチャンスに変える>
2013年の暮れ、僕のピアノ演奏を動画で視聴したカメラマンから「この曲は映像と合わさると非常に良い」と言われます。
そこで翌年の春、彼の車で東北の被災地を旅した際に彼が撮った風景を使ってミュージックビデオを制作。
そんな折、障害を持つ音楽家の祭典「ゴールドコンサート」への参加を知人からすすめられ、この曲を応募します。
のちに『希望の架橋』の曲名で主要レパートリーとなるこの曲がデモテープによる予選を通過し、本選で楽曲賞を獲得したことが自信となり、以降二度にわたって新曲で楽曲賞をいただきました。
実はこれ以前にもゴールドコンサートに何度か応募していたのですが、いずれも予選落ちで、一度は本選出場をあきらめていました。
また、この曲もピアノ演奏ではなく、基本的には歌としてボーカルと演奏していました。
この経験をもとに「人のくれた助言や情報をチャンスとして生かすことが、思わぬ展開と成功につながることもある」と実感しています。
----------
今回の体験談は以上です。
「夢をかなえる」というと大げさに聞こえますが、ちいさな毎日の目標達成も立派な夢の実現。
そんな「夢かな」を積み重ねた先に何があるのか、その答えは未来にあります。
点が線に、線が面に、面が立体になって、点の持つ意味を未来で知るのです。
「夢を毎日かなえている」と考えるだけでワクワクしてモチベーションが上がり、いろんなことがうまく回り始める。
僕は毎日X(旧Twitter)に「今日かなえた夢」を一つ投稿しています。→#今日かなえた夢
この「夢のかなえ方」が少しでも誰かのお役に立てば幸いです。
1. 行動から始まる - 夢のかなえ方(夢かな)
作曲家のYOUTAです。
夢のかなえ方(夢かな)について僕の体験談をもとにお話しするシリーズ。
今回は「行動」の大切さについて実感した学びの体験談をご紹介します。
<できるかできないかを決めるのは人ではなく自分>
8歳のときに家庭用ゲーム機のファミコンが家にやってきました。
当初、目が見えない自分には無縁のものだと思っていました。
それでも家族たちが楽しそうにしていると、自分もやってみたくなるものです。
最初は言葉による家族のサポートを受けながら、テトリスをやっていました。
※テトリス:画面の上から1つずつ落ちてくる数種類のブロックを動かして積んだり組み合わせたりするパズルゲーム。
そのうちに、だんだん自分だけの力でファミコンをやりたくなってきて、ある日ついに行動します。
全盲の僕には無理だと言う家族を尻目に「ローリングサンダー」というシューティングゲームをプレイし始めたのです。
これは横スクロール型のアクションシューティングで、銃を持った主人公を操作して敵を撃ち倒しながら立体的なステージを攻略していきます。
十字キーの左右で前後に進み、上でドアに入り、下でしゃがみます。
Aボタンはジャンプで、上下キーとの組み合わせで階層を移動し、左右キーとの組み合わせで段差に乗ったり跳び越えたりし、Bボタンで発砲します。
まずは家族たちがプレイしている音を聴いてステージの概要をつかみ、次に言葉による家族のサポートを受けながら僕がプレイします。
ある程度ステージの様子がわかると、後は主人公の足音を数えて、敵に倒されてしまった地点、ドアがある位置、行き止まりでジャンプする必要がある場所を、歩数で覚えられました。
敵の種類は銃を何発撃てば倒せたか、倒した際の効果音、発砲してくるか否かで判別できます。
こうして地形と配置を覚え、何度も失敗を重ねながら反復学習して少しずつ進み、ついにステージ1を攻略した時には家族たちも驚いていました。
この経験をもとに「何事もできるかできないかは、実際にやってみないとわからないし、できるかできないかは人の見立ては関係なく、自分が決めるものなんだ」ということを学んだのです。
その後すっかりテレビゲームが好きになり、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなどの名作RPGを通して、多くの素晴らしい音楽と出会っていくことにもつながりました。
<思いついたら自分の意志を貫き、自分を信じてやり抜く>
中学生から視覚障害者の野球「グランドソフトボール」を始めました。
ソフトボールのルールをもとに考案されたパラスポーツで、ピッチャーが転がしたハンドボール大の球を金属または木製のバットで打ち返します。
大きな特徴として、全盲の選手が転がってきたゴロをキャッチすると即バッターアウトの扱いになる点があげられます。
2年生の春、何気なくつけたラジオで聴いたプロ野球のナイター中継にはまり、毎晩のように聴き始めます。
それに触発されて、グランドソフトボール部の活動が楽しくなり、のめり込んでいきます。
そんな3年生のある日、プロ野球の好打者に憧れて左打者に突如転向します。
最初は「右でも打てないのに、かっこ付けるな」と批判されましたが、自分の意志を貫いて練習を続けた結果、徐々に効果が表れます。
まず、左打席にしたことで1塁が近くなり、足を生かした内野安打が増えました。
次に、腕力の劣りを利き手の引きで補うことで、パンチ力ではなく引っ張る力を生かして打てるようになり、ボールを遠くまで飛ばせるようになりました。
この経験をもとに「思いついたらまずはやってみて、人に何を言われても自分の意思を貫き、自分を信じてやり抜くことが結果につながるんだな」と学びました。
こうして、よりグランドソフトボールが好きになったことで、ますます真剣に取り組むようになり、ヘッドスライディングという大技で食らい付くガッツも身につけていったのです。
<行動さえすれば困難な状況でも向こうからチャンスがやってくる>
高校生になったある日、一緒に音楽活動をしていた友人が「これを聴いてみろ」とX JAPANのCDを貸してくれます。
何の気なしに仕方なく聴いたCDでしたが『FOREVER LOVE』の中でYOSHIKIさんが弾くピアノに強く惹かれ、ピアノを習いたいと言い出します。
幸い家の近所にピアノ教室があったので、すぐに通い始めることができました。
すると、CDを貸してくれた友人が「YOSHIKIは音大に行ったらしいぞ」と教えてくれて、今度は音楽大学に行きたいと言い出します。
(YOSHIKIさんは音楽大学への推薦が決まっていましたが、実際には入学していません)
それを聞いた担任の先生が、楽典理論と点字楽譜を学ぶようすすめてくださり、紹介してもらった教科書を取り寄せて独学し始めます。
音楽の先生には「今から音楽大学へ行くのは無理」と言われていましたが、数年前に先輩が進学した高崎芸術短期大学から推薦入学の話がきて、とりあえずの進学が決まります。
そこでついた先生が、ちょうど自分が次に進学したいと思っていた武蔵野音楽大学の卒業生で、同校の先生を紹介してくださり、受験に向けた手ほどきをスムーズに受けられました。
その熱心な指導と猛練習の結果、無理と言われていた音楽大学への入学を果たし、見事に夢をかなえることができたのです。
この経験をもとに「やりたいことが見つかったら、とにかく行動に移しさえすれば、どんなに無理だと思われる状況にあっても、周囲からチャンスがもたらされるものなんだな」と学びました。
こうして、夢の環境を手に入れたことで、ますます勉学と練習に励むようになり、作曲家への道を志し始めたのです。
<これだと思ったことがあれば常識にとらわれず自分なりの作戦で飛び込めば実現できる>
大学生になった11月、いつも年末に出演している地元のピアノ教室の発表会で僕は、ショパンのバラード第3番を弾くことにします。
「バラ3を譜読みの段階から1ヶ月で本番に持っていくなんて正気じゃない」
友人の苦言はもっともで、ある程度クラシック音楽を知っている者であれば、それがいかに無謀なチャレンジであるかを察することができることでしょう。
そんな忠告を尻目に、僕はこの無謀と思われるチャレンジの断行を決意します。
ただし、何の根拠もなくこの暴挙に出たわけではなく、僕には一応の作戦がありました。
まず1ヶ月の準備期間を4等分し、最初の1週間で譜読みをして、次の1週間で暗譜する。
続く1週間で部分的な技術練習を徹底し、最後の1週間で曲想を付けた通し練習を中心に演奏を形にする、という算段でした。
その際に特に留意したこととして、定めたペースを忠実に守ることがあげられます。
たとえば、最初の1週間の譜読みについていえば、30ページの点字楽譜を単純に7等分して、1日あたり約4.3ページ進めることにして、それよりも増やしたり減らしたりしないと決めていました。
この経験をもとに「これだと思ったことがあれば、誰かが言った常識にとらわれることなく自分の理屈で飛び込めば、無謀と思われることも実現できるんだ」と学びました。
こうして、何かに取り組む際には、ゴールを決めて、そこへいたるプロセスを設定し、それらのプロセスにいたる細かいステップを築き、自分が立てた作戦を忠実に遂行することが大事だと知るとともに、自分が進むと決めた道に自信が持てるようになったのです。
<行動とは勇気を持ったチャレンジ>
2019年末、特に思いや情景をこめず気晴らしでピアノ曲を作曲して、DTMで音源化。
翌年、ふいな思い付きでバレンタインデーに楽曲をインターネットで公開し、曲名の募集に乗り出します。
最初は「1件も応募がなかったらどうしよう」という不安もありましたが、ものはチャレンジだと募集に踏み切りました。
蓋を開けてみれば40件ほどの応募があり、集まった候補の中から『未来への約束』を選びます。
これに味を占めた僕は、さらに歌詞とボーカルを募集して、歌として音源をリリースしようと考えます。
もちろん初めての試みで、こちらも応募が1件もなかったら…という不安はよぎりましたが、曲名募集の前段が自信となって踏み出せました。
実際にそれなりの応募があり、無事に歌バージョンが完成し、思い描いていた配信での音源リリースが実現したのです。
この経験をもとに「行動イコールチャレンジであり、その繰り返しこそが道を切り開いていくんだな」と学びました。
こうして、募集によって誕生した次なる楽曲『Endless Quest』の制作につながり、新しい人々との出会いも同時に生まれ、ますます活動の幅が広がっていったのです。
----------
今回の体験談は以上です。
「夢をかなえる」というと大げさに聞こえますが、ちいさな毎日の目標達成も立派な夢の実現。
そんな「夢かな」を積み重ねた先に何があるのか、その答えは未来にあります。
点が線に、線が面に、面が立体になって、点の持つ意味を未来で知るのです。
「夢を毎日かなえている」と考えるだけでワクワクしてモチベーションが上がり、いろんなことがうまく回り始める。
僕は毎日X(旧Twitter)に「今日かなえた夢」を一つ投稿しています。→#今日かなえた夢
この「夢のかなえ方」が少しでも誰かのお役に立てば幸いです。
夢のかなえ方(夢かな)について僕の体験談をもとにお話しするシリーズ。
今回は「行動」の大切さについて実感した学びの体験談をご紹介します。
<できるかできないかを決めるのは人ではなく自分>
8歳のときに家庭用ゲーム機のファミコンが家にやってきました。
当初、目が見えない自分には無縁のものだと思っていました。
それでも家族たちが楽しそうにしていると、自分もやってみたくなるものです。
最初は言葉による家族のサポートを受けながら、テトリスをやっていました。
※テトリス:画面の上から1つずつ落ちてくる数種類のブロックを動かして積んだり組み合わせたりするパズルゲーム。
そのうちに、だんだん自分だけの力でファミコンをやりたくなってきて、ある日ついに行動します。
全盲の僕には無理だと言う家族を尻目に「ローリングサンダー」というシューティングゲームをプレイし始めたのです。
これは横スクロール型のアクションシューティングで、銃を持った主人公を操作して敵を撃ち倒しながら立体的なステージを攻略していきます。
十字キーの左右で前後に進み、上でドアに入り、下でしゃがみます。
Aボタンはジャンプで、上下キーとの組み合わせで階層を移動し、左右キーとの組み合わせで段差に乗ったり跳び越えたりし、Bボタンで発砲します。
まずは家族たちがプレイしている音を聴いてステージの概要をつかみ、次に言葉による家族のサポートを受けながら僕がプレイします。
ある程度ステージの様子がわかると、後は主人公の足音を数えて、敵に倒されてしまった地点、ドアがある位置、行き止まりでジャンプする必要がある場所を、歩数で覚えられました。
敵の種類は銃を何発撃てば倒せたか、倒した際の効果音、発砲してくるか否かで判別できます。
こうして地形と配置を覚え、何度も失敗を重ねながら反復学習して少しずつ進み、ついにステージ1を攻略した時には家族たちも驚いていました。
この経験をもとに「何事もできるかできないかは、実際にやってみないとわからないし、できるかできないかは人の見立ては関係なく、自分が決めるものなんだ」ということを学んだのです。
その後すっかりテレビゲームが好きになり、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなどの名作RPGを通して、多くの素晴らしい音楽と出会っていくことにもつながりました。
<思いついたら自分の意志を貫き、自分を信じてやり抜く>
中学生から視覚障害者の野球「グランドソフトボール」を始めました。
ソフトボールのルールをもとに考案されたパラスポーツで、ピッチャーが転がしたハンドボール大の球を金属または木製のバットで打ち返します。
大きな特徴として、全盲の選手が転がってきたゴロをキャッチすると即バッターアウトの扱いになる点があげられます。
2年生の春、何気なくつけたラジオで聴いたプロ野球のナイター中継にはまり、毎晩のように聴き始めます。
それに触発されて、グランドソフトボール部の活動が楽しくなり、のめり込んでいきます。
そんな3年生のある日、プロ野球の好打者に憧れて左打者に突如転向します。
最初は「右でも打てないのに、かっこ付けるな」と批判されましたが、自分の意志を貫いて練習を続けた結果、徐々に効果が表れます。
まず、左打席にしたことで1塁が近くなり、足を生かした内野安打が増えました。
次に、腕力の劣りを利き手の引きで補うことで、パンチ力ではなく引っ張る力を生かして打てるようになり、ボールを遠くまで飛ばせるようになりました。
この経験をもとに「思いついたらまずはやってみて、人に何を言われても自分の意思を貫き、自分を信じてやり抜くことが結果につながるんだな」と学びました。
こうして、よりグランドソフトボールが好きになったことで、ますます真剣に取り組むようになり、ヘッドスライディングという大技で食らい付くガッツも身につけていったのです。
<行動さえすれば困難な状況でも向こうからチャンスがやってくる>
高校生になったある日、一緒に音楽活動をしていた友人が「これを聴いてみろ」とX JAPANのCDを貸してくれます。
何の気なしに仕方なく聴いたCDでしたが『FOREVER LOVE』の中でYOSHIKIさんが弾くピアノに強く惹かれ、ピアノを習いたいと言い出します。
幸い家の近所にピアノ教室があったので、すぐに通い始めることができました。
すると、CDを貸してくれた友人が「YOSHIKIは音大に行ったらしいぞ」と教えてくれて、今度は音楽大学に行きたいと言い出します。
(YOSHIKIさんは音楽大学への推薦が決まっていましたが、実際には入学していません)
それを聞いた担任の先生が、楽典理論と点字楽譜を学ぶようすすめてくださり、紹介してもらった教科書を取り寄せて独学し始めます。
音楽の先生には「今から音楽大学へ行くのは無理」と言われていましたが、数年前に先輩が進学した高崎芸術短期大学から推薦入学の話がきて、とりあえずの進学が決まります。
そこでついた先生が、ちょうど自分が次に進学したいと思っていた武蔵野音楽大学の卒業生で、同校の先生を紹介してくださり、受験に向けた手ほどきをスムーズに受けられました。
その熱心な指導と猛練習の結果、無理と言われていた音楽大学への入学を果たし、見事に夢をかなえることができたのです。
この経験をもとに「やりたいことが見つかったら、とにかく行動に移しさえすれば、どんなに無理だと思われる状況にあっても、周囲からチャンスがもたらされるものなんだな」と学びました。
こうして、夢の環境を手に入れたことで、ますます勉学と練習に励むようになり、作曲家への道を志し始めたのです。
<これだと思ったことがあれば常識にとらわれず自分なりの作戦で飛び込めば実現できる>
大学生になった11月、いつも年末に出演している地元のピアノ教室の発表会で僕は、ショパンのバラード第3番を弾くことにします。
「バラ3を譜読みの段階から1ヶ月で本番に持っていくなんて正気じゃない」
友人の苦言はもっともで、ある程度クラシック音楽を知っている者であれば、それがいかに無謀なチャレンジであるかを察することができることでしょう。
そんな忠告を尻目に、僕はこの無謀と思われるチャレンジの断行を決意します。
ただし、何の根拠もなくこの暴挙に出たわけではなく、僕には一応の作戦がありました。
まず1ヶ月の準備期間を4等分し、最初の1週間で譜読みをして、次の1週間で暗譜する。
続く1週間で部分的な技術練習を徹底し、最後の1週間で曲想を付けた通し練習を中心に演奏を形にする、という算段でした。
その際に特に留意したこととして、定めたペースを忠実に守ることがあげられます。
たとえば、最初の1週間の譜読みについていえば、30ページの点字楽譜を単純に7等分して、1日あたり約4.3ページ進めることにして、それよりも増やしたり減らしたりしないと決めていました。
この経験をもとに「これだと思ったことがあれば、誰かが言った常識にとらわれることなく自分の理屈で飛び込めば、無謀と思われることも実現できるんだ」と学びました。
こうして、何かに取り組む際には、ゴールを決めて、そこへいたるプロセスを設定し、それらのプロセスにいたる細かいステップを築き、自分が立てた作戦を忠実に遂行することが大事だと知るとともに、自分が進むと決めた道に自信が持てるようになったのです。
<行動とは勇気を持ったチャレンジ>
2019年末、特に思いや情景をこめず気晴らしでピアノ曲を作曲して、DTMで音源化。
翌年、ふいな思い付きでバレンタインデーに楽曲をインターネットで公開し、曲名の募集に乗り出します。
最初は「1件も応募がなかったらどうしよう」という不安もありましたが、ものはチャレンジだと募集に踏み切りました。
蓋を開けてみれば40件ほどの応募があり、集まった候補の中から『未来への約束』を選びます。
これに味を占めた僕は、さらに歌詞とボーカルを募集して、歌として音源をリリースしようと考えます。
もちろん初めての試みで、こちらも応募が1件もなかったら…という不安はよぎりましたが、曲名募集の前段が自信となって踏み出せました。
実際にそれなりの応募があり、無事に歌バージョンが完成し、思い描いていた配信での音源リリースが実現したのです。
この経験をもとに「行動イコールチャレンジであり、その繰り返しこそが道を切り開いていくんだな」と学びました。
こうして、募集によって誕生した次なる楽曲『Endless Quest』の制作につながり、新しい人々との出会いも同時に生まれ、ますます活動の幅が広がっていったのです。
----------
今回の体験談は以上です。
「夢をかなえる」というと大げさに聞こえますが、ちいさな毎日の目標達成も立派な夢の実現。
そんな「夢かな」を積み重ねた先に何があるのか、その答えは未来にあります。
点が線に、線が面に、面が立体になって、点の持つ意味を未来で知るのです。
「夢を毎日かなえている」と考えるだけでワクワクしてモチベーションが上がり、いろんなことがうまく回り始める。
僕は毎日X(旧Twitter)に「今日かなえた夢」を一つ投稿しています。→#今日かなえた夢
この「夢のかなえ方」が少しでも誰かのお役に立てば幸いです。
0. 前書き - 夢のかなえ方(夢かな)
作曲家のYOUTAです。
今日から「夢のかなえ方」について僕の体験談をもとにお話ししていきます。
「夢をかなえる」というと何か大それたことを実現させるイメージを持たれる方が多いかもしれません。
しかし、僕の考える夢というのは、毎日でも達成できる規模の目標です。
「夢をかなえる」イコール「目標を達成する」、これを僕は気軽なものとして『夢かな』と呼んでいます。
ちいさな夢でいいから、必ず1日一つ何か夢をかなえる。
その夢がどこへつながっているのか、どんな意味があるのか、そういう細かなことは考えていません。
毎日かなえた夢、そのちいさな点が線になり面になり立体化するプロセスは後からわかるもの。
今かなえた夢の意味付けは未来ですればいい。
これまで歩んできた人生の中で僕なりに得た答えです。
それよりも「夢を毎日かなえている」と考えることでワクワクしてモチベーションが上がり、物事がスムーズに進み、気が付くといろんなことがうまくいっている。
それを実感することこそが大切なのです。
僕は毎日X(旧Twitter)に「今日かなえた夢」を一つ投稿しています。→#今日かなえた夢
この「夢のかなえ方」が少しでも誰かのお役に立てば幸いです。
今日から「夢のかなえ方」について僕の体験談をもとにお話ししていきます。
「夢をかなえる」というと何か大それたことを実現させるイメージを持たれる方が多いかもしれません。
しかし、僕の考える夢というのは、毎日でも達成できる規模の目標です。
「夢をかなえる」イコール「目標を達成する」、これを僕は気軽なものとして『夢かな』と呼んでいます。
ちいさな夢でいいから、必ず1日一つ何か夢をかなえる。
その夢がどこへつながっているのか、どんな意味があるのか、そういう細かなことは考えていません。
毎日かなえた夢、そのちいさな点が線になり面になり立体化するプロセスは後からわかるもの。
今かなえた夢の意味付けは未来ですればいい。
これまで歩んできた人生の中で僕なりに得た答えです。
それよりも「夢を毎日かなえている」と考えることでワクワクしてモチベーションが上がり、物事がスムーズに進み、気が付くといろんなことがうまくいっている。
それを実感することこそが大切なのです。
僕は毎日X(旧Twitter)に「今日かなえた夢」を一つ投稿しています。→#今日かなえた夢
この「夢のかなえ方」が少しでも誰かのお役に立てば幸いです。