味噌汁は翌日のものでお願いします。 | ゲームと料理と趣味の話

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実は子供の頃、味噌汁は好きではなかった。
嫌いでもなかったのだが、どうにも積極的に摂取する意味を見出せず、味噌汁だけ手をつけずに残すことも多かった。
かつて「歌う不動産王」千昌夫が、「味噌汁の詩」で味噌汁を飲めばお袋を思い出すと歌ったが、残念ながら味噌汁に対して郷愁を誘われることはないんだろうなぁと漠然と感じていた。そういえば千さんは莫大な借金は返せたのだろうか。ネットでさらりと調べたところ、大半は返済した「のではないだろうか」とのこと。マスコミと完全決別してるので本人の口から真相を聞きだすのは難しいとも。ほう。

話を味噌汁に戻そう。
当然手をつけられなかった味噌汁は作りすぎた分と共に鍋に戻され、そのまま冷蔵庫に保存される。翌日、母親の昼食にならなかった場合、新しい味噌汁と共に、その前日の味噌汁との選択権が与えられるが、そこで待ってましたとばかりに前日分を嬉々として受け入れる謎の嗜好を持つ子供だった。
つまり、正確に言えば「当日作り立ての味噌汁は好きではないが、翌日に余った味噌汁は大好物」だったのである。
食品衛生的には、時期によって、具によって、保管の仕方によって、色々危ない場合もあるかもしれないが、だって、好みだったんだから仕方がない。

作りたての味噌汁は「キリッ」としてて、「トゲトゲしい」。これが苦手だった。どうにも自己主張が強い。米とおかずと味噌汁での全体調和を考えているのに、「味噌汁です!お袋の味です!どうですか!いいですか!米とあいますか!抜群じゃないですか!これが日本の味です!」と、一人だけ煩い。
一方翌日の味噌汁は「ヘタレて」て、「クタクタしてる」。「あ、どうも前日残されてしまいましたけど、あの、生意気言ってすいませんでした。今日は、すいません、大人しくしてます」と殊勝な態度になって、そこで初めて他を迎える余裕があり、米との息が合ってくる。まったく世話の焼けるヤツだと、何の青春物なのかと思われる脳内劇場の末に、美味しい食事時間が訪れるのだ。

翌日の味噌汁はワカメなんかもちょっとやわらかくなってトロッとしてて最高だ。しかし、かといって外食チェーン店で出される「ずっと加熱されてて、うっすら酸味すら感じるような痩せた味の味噌汁」は嫌いだ。あくまでも一旦寝かせられた味噌汁が良かったのだ。
大人になった今となっては、子供の頃に感じていた作りたての味噌汁への苦手意識も大分和らいだ。味覚が鈍ったからかもしれない。歳を取ったからかもしれない。椀を抱えて、熱い味噌汁をすすりこむと、軽く安堵を覚えるようにはなった。実家に帰って味噌汁を出されても、手をつけずに残すことはなくなった。千さん、これが大人になるっていうヤツですか。

ただ、「翌日の熱い味噌汁」とは別に「冷蔵庫でキンキンに冷やした味噌汁」だけは今だにやめられない。どちらにしても具はじゃがいも・玉ねぎ・ワカメか、山芋か、海苔が好きだ。山芋か海苔の場合は加熱要らずで冷出汁に味噌を溶けば完成だ。試して欲しい。